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よそ者にデリケートな場所を見せたくないだけかと思いきや、どうやら本当にこの村には“ヤマ様”に関する資料が殆ど残されていないらしい。あるのはただ、村人たちが毎日お参りするこの寺と、寺の中心にどっしりと設置されている巨大な銅像のみであるとか。
「ヤマ様の銅像には、絶対に近づくな。柵にも触るな。神聖なものじゃけん、よそものが穢れを持ちこんだらあかん」
「あーもう……写真撮るだけなんだからいいじゃないの。触らないってば」
肝心なことを何も教えてくれない、ろくな収穫もない。そんな状況で、私が苛立ってくるのは仕方ないことだと言えよう。そもそもこの寺が全く意味不明だ。なんせ、木造のだだっぴろい建物の中心に柱があり、その柱に寄りかかる形で銅像がぽつんと設置されているだけなのである。銅像の周囲はぐるりと木の柵で囲われていて近づけないようになっているため、どっちみち至近距離で観察することは叶わない。
そもそも、ちょっと近づくだけで銅像からは変な臭いがするのだ。両手を広げた銅像は、ちゃんと手入れもされていないのか劣化が激しく、あちこち赤さびだらけになっていて元の衣装さえわからない有様なのである。辛うじて目があり鼻があり口があり、人間のすがたをしていたらしいということだけはわかる。奇妙なのは着物っぽい服の前部分が楕円形に裂けていて、胸から腹にかけて妙な彫り物がしてあるように見える事だろうか。
――このカメラでこの距離じゃ、ぼんやりとしか映らないじゃないの。
シャッターを切りつつ、私は柵のギリギリまで近づいた。後ろで村長がまだぐだぐだ言っているが無視である。
――ヤマ様を怒らせるなとかいうなら、ちゃんと銅像の手入れくらいしておきなさいよ……つかクッサ。これ、錆の臭いなの?腐ってるみたいじゃない、きもちわる……。
しかし、体部分には何が掘り込まれているのだろう。私は銅像をまじまじと見て――一瞬、ぎょっとさせられた。
それは。胸から腹まで大きく体を引き裂かれ――露出した内臓を掘り込まれていると知ったからだ。そう、言うなれば理科室の人体模型のような状態と言えばいいのか。勿論、銅像に心臓や肺、腸などの模様を彫られているだけなので、あの人体模型と比べればけしてグロテスクではないのだけれど。
――神様の像、でしょ?なんで、こんな風に……。
村長に詳細を尋ねてみようか。そう考え、一歩下がった時だった。
ぱさり。
「あ」
多分、銅像にゴミでもついていたのだろう。あるいは、錆の一部が剥がれたのか。銅像の腹部分から、何かが剥がれ落ち、私の足元に落ちた。
「ああもう、ちゃんと手入れしておかないから……」
つい私がぼやいた、その時である。
ガン!と。突然頭に、強い衝撃が走った。え、と思った時にはもう、カメラを落として汚い床に倒れ伏している。誰かに殴られたのだと気づいたのは、声がきこえてきてからのことだ。
「怒らせたな」
村長の声だった。何で村長が、自分を殴り倒したのか。痛い、何するの――そんな言葉は呻きに変わり、まともな音になってはくれない。
「怒らせたな。ヤマ様を怒らせたな」
一体どういうこと。何を言ってるの。ゴミが落ちただけでしょ。
ぐるぐると考えながら私の意識は、そのまま遠ざかっていったのだった。
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