猿婦人

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「お兄ちゃま、アルベルトお兄ちゃまったら!」  小さな手で肩をやさしく揺すぶられて目を覚ましたアルベルトは、目の前に妹を認めて思わず叫んだ。 「エルザ!」 「まあお兄ちゃま、夢を見ていたのね? 怖い顔をしてうんうん言ってたのよ」  夢、夢……なんと恐ろしい夢であったろう。 「ああエルザ、恐ろしい夢だったんだよ」 「ゾンビが来たの? それとも死神?」  少し青ざめた顔で聞くかわいいエルザ。 「はは、違うよ。でももっと怖いものだよ……」 「ゾンビより死神より怖いもの!」  エルザはぶるると身を震わせるとアルベルトに甘えるようにして抱きついた。 「考えたら怖くなっちゃった! 抱っこしてちょうだいお兄ちゃま」 「あれあれ、ずいぶん大きな赤ちゃんだなあ」 「だあってエルザ怖いんだもの。いいでしょお兄ちゃま」 「はいはい。さあおいで」  二十歳になるアルベルトは微笑しながらベッドの上に身を起こすと、年の離れたかわいい妹、八歳のエルザを横がかえにしっかりと抱いてやった。はっきりと覚醒した今、いつも通りの平穏をうれしく堪能しながら。 「バン!」  だがその時、部屋の扉が音をたてて荒々しく開けられドカドカと見知らぬ男たちが入ってきた。 「な、なんだお前たちは。ここは私の寝室だぞ無礼者!」  両手でエルザを抱っこしていたアルベルトは、ベッドサイドの引き出しにある拳銃を出しそこねた。 「だまれ! 動くな! さもなくば」  アルベルトの頭に銃口が当てられる。 「お、お兄ちゃま……!」  エルザの瞳は恐怖で大きく見開かれ、大粒の涙がボロボロとこぼれだす。しかしアルベルトは怯まず男たちを睨みつけると、 「お前たち、ここが誰の家だか分かってるのか? ロンバネス伯爵家の屋敷であるぞ! 即刻解放しなければ全員しばり首は免れまい」 「ハハハ! ようく存じておりますとも。しかしまあこれからは、大人しくコッチの言うことを聞いてもらわないとねえ」  男たちはエルザを乱暴に引き剥がすとアルベルトの上にのしかかり腕を後ろ手にひねり上げた。 「エルザ! 離せ無礼者、離さぬか!」 「いやあああああ! お兄ちゃまあああああ!」  抵抗しようとしたアルベルトはしかし猟銃の柄で後頭部をしこたま殴られ、遠くにエルザの泣き叫ぶ声を聞きながら意識を失ってしまった。
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