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突然、千恵子が心配そうに見つめている。
「ねぇ、あずさ、痛くない?」
私にそう聞いてくる。
「ちょっと痛いーーどうなってる?」
私は千恵子に聞く。
困惑した様な表情のまま、真剣な声で言う。
「ーーあずさ、耳にね。釣り針が刺さってるの。今日はこのまま帰ろう!病院行ってとってもらわないと」
千恵子はそう言った。
どうやら、魚ではなく私は自分の耳を釣ってしまったらしい。
「ただいまー」
釣り針が刺さっている状態で、耳がつられてるから、ちょっとの振動でも痛む。
そんな状態にも関わらず、元気にそう言って室内に入ると、母親が待っていた。
「ちょっとあずさ、その耳どうしたの?」
「釣りざおみたいの見っけたから、釣りしてみようと思ってたんだ。そしたら耳が釣れちゃってーーあはは」
「笑い事じゃないわよ!ホントにバカねー」
呑気な口調で言ってはいるが、母は少し慌てているようだ。
ーーハサミ、ハサミ。
なんてぼやきながら、ハサミを探している。
とりあえず糸を切らないとーー。
耳と釣竿が繋がった状態のままでは、病院に行けないと言う事なんだろう。
母がハサミで釣り針の部分に少し長めに糸を残して切った。
さっきまでよりは歩きやすい。
釣竿を抱えて動くのは辛い。
その足で、母と私はタクシーに乗り、かかりつけの病院へと向かった。
タクシーでワンメーター先にはいつものかかりつけの病院がある。そこは個人病院だ。
昔から私の事をずっと診てくれてきたお医者さんだった。
見慣れた先生は、小柄で体系は丸くて、メガネをかけている。そんな先生だ。
待つ事もなく、その場で耳に刺さった針をとってもらうと先生から言われた。
「いつも不思議な怪我をしてくる子だねぇ。気を付けるんだよ?」
そう言って私の頭を撫でる。
「大事にならなくて良かったねぇ」
母が嬉しそうにそう言う。
「うん。ごめんなさい」
私は母に頭を下げる。
ーー家にお母さんがいてくれて良かった。
その時ばかりは、私は心底、家にいる母の存在に感謝した。
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