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雨と女と
雨の日は、なにかを思い出し
そしてなにかが思い出になる
雨の日は
あなたと下らない時間を過ごしましょうか
【雨と女と】
お袋、俺、小指なくしそうだよ。と言ったのはこんな雨の日だったと吾郎はゴルフのパターを磨きながら思った。新聞の上にお気に入りのゴルフ用品を並べてあぐらをかいて、パターを擦る。
しとしとと雨がアパートの雨垂れを伝う音が静かさを邪魔していた。
「吾郎ちゃんジ○スコ連れてってよ。」
女が体育座りをしてマニキュアを塗っている。キャバ嬢、今年21歳、吾郎との年の差21年、可愛くてふてぶてしい女、巻き毛の似合う麻衣子、それも源氏名。真実なのは、肉体の相性の良さ、ただそれだけの関係だ。
六畳が二間、畳張りのアパート、二人は居間で見つめ合う。
「雨だからな」
「雨だからだよ、あたし免許持ってないって言ったでしょ。今日火曜市だよ。カップラーメン68円って鬼ヤバいよ。後ナプキン買わなきゃ。あたし明日予定日なんだって」
「コンビニでいいだろう、そんな買い物を男につき合わせるんじゃない」
「ねえ吾郎ちゃん、たまに帰ってきたのに一日中そんな事やってるつもりなの?ジャス○行こうよ、ジ○スコ。近所が嫌なら隣町のジャス○」
「今日は一日中こんな事やってるつもりだ。アシが必要なら誰か呼んでやるさ」
「吾郎ちゃん、ジャス○嫌い?それともあたしが嫌い?」
「うるさいと殴るぞ」
半目で麻衣子を睨むと、麻衣子は下唇を突き出した。アヒル口、可愛いと思う。だから突き放したくなる。はたから見れば金だけの繋がりだ、だが、それだけじゃあ、ない。
麻衣子がじりじりと近づいてくる。それを無視して作業していると、不意に利き手に麻衣子の腕が絡みついた。
「吾郎ちゃんの手、固くて痛いよ。この前なんて、鼻血が出たのに吾郎ちゃんは出ていっちゃった」
「お前がいけない子だったからだろう?俺は忠告したろう。」
「この、やくざめ」
「嫌なら出ていけ」
「虐待反対だぞ」
「うるさい」
ふくよかな胸が当たる。
女が、いた。
そして自分は男で、挑発しているのは牝、吾郎の雄を誘導している。
吾郎が黙って見ていると、パターを握っている吾郎の指をゆっくりと剥がして、麻衣子はパターを奪い、新聞の上に置いた。吾郎の指を愛しそうにさする。
「でも…熱いんだよね、吾郎ちゃんの指。あたしの中に入ったら、吾郎ちゃんの指はとっても優しいんだもん。固くって熱くって、あたし吾郎ちゃんのアレより指の方が…感じちゃう」
口に含む。
麻衣子の口に指が吸い込まれる。
雨の音が静かに聞こえる。
(お袋、俺、小指なくしそうだよ)
(小指がない子を産んだ覚えはありません)
母親に電話したのは、こんな雨の日だったと吾郎は思う。温かい舌に指を挟まれて、若い自分を思った。
右手は五本、左は四本、最後に母親と会話した時、吾郎は麻衣子と同じ年齢だった。
麻衣子が笑いながら、スウェットの下だけを脱いで、自分のショーツの隙間から吾郎の指を誘い込む。
温かい空間に指が侵入し、母親との思い出が、静かに遠ざかった。
「クチュクチュって、してよ」
「自分でやってみせろ」
「意地悪なおっさんだ」
「嫌なら」
「出てかないよ、出てってやるもんか」
麻衣子が睨む。吾郎は黙って、苦笑した。
雨が静かに降っていて。今日はこのままこいつといい事しようか、そう思った。
「あ、イク、イキそう」
「一緒にイクか」
「ジャス○に?」
「バカ」
【雨と女と】完
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