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『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上…』
スピーカーから案内音声を発する携帯は、震えていた。
それは、携帯の震えではなく、私自身の、手の震えだった。
(どうして、電話が…)
公園のベンチに、私は座っていた。
待ち合わせの時刻からは、既に一時間が経過していた。
一体正彦に何があったのか。
私は張り切って待ち合わせの時間よりも早く到着したが、一向に正彦は現れる気配がなかった。心配になった私が連絡を試みたが、電話が通じないどころか、何度かけても『この電話は使われていない』というアナウンスが流れるだけだった。
メールアプリもいつの間にか、連絡先の中から消えてしまっている。
先日まで通じていたはずのメールや電話が、突然繋がらなくなっている。
一体なぜ?
彼の身に、何かがあった?
それも連絡ができないような、事態に巻き込まれている?
正彦に何かあったのもしれない。
嫌な予感がする。
(とにかく、彼の勤め先に電話してみよう)
私はそう考え、以前に正彦から教えられた勤め先に電話を掛けた。
『はい。こちら××センターでございますが…』
「あの…そちらに、上田正彦さんという方はいますか?」
『上田さん、ですか…?申し訳ありませんが、こちらの把握している限りでは、そういった名前の者は、勤務しておりません』
「えっ…でも…」
私は、思わず携帯を地面に落としてしまう。
(正彦は確かにここに勤務していると言っていた。なら、嘘を吐いてた、ってこと…?)
私は、膨大に駆け巡る己の思考を、処理することができずにいた。
(前からずっと嘘を吐いてたってこと?どうして?)
(電話やメールが突然繋がらなくなったのは、どうして?)
(正彦は私から意図的に逃げたってこと?私のことが嫌いになったから?でも、どうして?正彦は、あんなに、私のことを…)
そこで、思考がふいに止まった。
そもそも正彦は、私に好意など、あったのか…?
私が一方的になっていただけではないのか…?
でも、正彦は私をいつも頼って…
お金だって、私にしか頼れる人がいないって…
私は、そこでビクッと体が震えた。
(まさか、私、騙されてたの…?)
その時、どこからか、バサバサっという大きな羽ばたきのような音が、聞こえてきたのだった。
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