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「はあ!?親父とお袋が死んだ!?」
『はい…お悔み申し上げます…それで、ご両親は二人とも我が社の生命保険に加入しておられたので、既に前田様の通帳の方に、振り込み手続きが完了しているかどうかの確認を…』
「…」
(通帳に、新たな金が?じゃあ、振り込まれていた100億って、まさか、俺の親の保険金だったってのか?)
前田は頭を抱えた。
それは悲しみというよりも、混乱に近かった。
(でも、あいつらの金なんだから…)
前田の心には、哀哭の感情は生まれなかった。
幼少期から、前田は両親と良い思い出がまるでなかった。父親はまともに働きもせずにあちこちで愛人を作って家に帰らず、母親は父親への怒りを前田に向けて八つ当たりする。それが常だった。
(ざまあみろってんだよ。罰が当たったんだよ、罰が)
前田は勢いよく、電話を切った。
(俺には、まだまだやりてえことがあるんだよ!)
「うわ~素敵なプレゼント~!」
海を臨むレストランの中で、楓は目を輝かせた。
「ほんとに貰っていいの?敏文くん…」
「ああ。もちろん。それは、俺の気持ちだから」
「わあ~、嬉しいなあ~!だって私たち、結婚、するんだもんね」
目をぱちくりとさせて、楓は言ったのだった。
大金を手に入れた前田は、早速、自分が好意を寄せる植木楓という元同僚の女性に近づいたのだった。すると、今まで何度思いを伝えても断られ続けていたのに、彼女はすんなりと受け入れ、結婚を前向きに考えた交際を、という話になったのだった。
前田は思った。ようやく、人生の歯車がかみ合い始めたんだと。
容姿端麗で、同僚の中では誰もが好意を寄せていたあの植木楓が。
何たって自分は、あの植木楓と結婚するんだから。今までこちらに見向きもしなかったあの植木楓が、自分のものになるんだから。
前田は、恍惚とした表情を浮かべていた。
(俺を馬鹿にしてきやがったあいつらも今頃ビビってるだろうなぁ。完全に格下と思ってた奴に、目当ての女を取られたんだから。ざまあみろ)
「今日、俺の家に来ないか?」
前田は訊ねた。
「ごめん、今日は無理。親と約束あるから」
そう言うと、レストランを後にした。
(そうか…俺の未来の両親か…あんなクソ親父共とは違う、素敵な人達なんだろうなあ…)
妄想に浸りながら前田は席を立ち、食事の料金を支払っていた。
二人分の。
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