5. タイミングってやつ

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 英司の誕生日の一週間前。今日は拓也が家に来る日だ。 「おお、いい部屋だな」 「だろ?」  家にはいるなり拓也が言った。忘れていたが、この部屋は好条件すぎて手放すのが惜しいほどだったのだ。  結局英司には、拓也と遊ぶということだけは伝えてあるが、家に来ることは言っていない。とりあえず、英司はいつも通り大学に行っているので、鉢合わせることなく済んだ。 「昼まだだろ?食べる?」 「実は狙ってた。食いてえ、千秋の飯」  いたずらっぽく言う拓也に呆れた笑みを見せつつ、「今用意するから」と告げた。  しばらくして昼食の準備ができると、テーブルに並べられた料理を見て、拓也が目を輝かせた。 「やべ、まじでうまそう」 「涎垂らすなよ。じゃ、食べるか」 「いただきます!」  豪快に、パクパクと食べ始める。  英司も毎回おいしく食べてくれるが、こういう姿を見るのはやはり嬉しいものだ。 「本当に千秋って付き合ってる人いないんだな」  食べている途中、拓也がいきなりそんなことを言った。  付き合っている人、という言葉にドキンと心臓が跳ねる。 「な、なんで急に」 「ほら、部屋に女っ気ないし。出入りしてたらなんとなくわかるぜ」 「へえ……」  ならば、あるのは女っ気ではなく、男っ気だ。なんて言えるわけでもなく。 「でもなあ」  今度は何だ! 「千秋、最近なんか変わった気がするんだよな」 「変わった……?勘違いだろ」 「そう思ってたんだけど、ちょっと色気付いたというか…可愛くなった?いや、男に可愛いは嬉しくないか」  誤ってお茶を吹き出しそうになった。  まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。なんだこいつ、妙に勘が良くてヒヤヒヤしてしまう。 「……あれ?まじでなんかあった?恋バナ?」  と、千秋の様子を敏感に察知してしまった拓也が、ニヤニヤと高校生女子のようなノリで聞いてきた。  まずい、この流れは。  今の自分に、柳瀬さんと付き合ってることを告白する余裕や勇気はない。  それに、性格的なものもあって、元々こういうことを大々的に言えないタイプなのである。  とにかく、今は無理だ。  なんて言おうかぐるぐるしていると、「千秋?」と声をかけられる。 「あ、えっと……」  言い淀んでいると、 「ま、言いたくなったらでいいよ。千秋がそういうのに慎重なのわかってるからさ」  とさっきまでのニヤニヤ顔とは打って変わって、優しく言われてしまった。  ぱっと顔を見ると、屈託なく笑ってくれる。無理に話さなくていい、と言ってくれているようだった。  ……ごめん、拓也。何も言えなくて。  男同士だからといって、拓也を信用していないわけじゃなかった。  だけど、どうしてだろう。言うのが少し怖いと思ってしまった。
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