5. タイミングってやつ

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 夜ご飯前には帰ると言って、六時前に拓也は帰り支度をし始めた。  拓也の話が面白いので、つい盛り上がってしまい、この時間が終わるのが少し惜しいくらいだ。 「居心地いいわ、千秋の家」  玄関で靴を履きながら拓也が言う。 「そうか?なら、また来てもいいけど」 「え、なになに。あんなに渋ってたのに」  ……渋ってたの、わかってたのか。 「下まで見送る」 「おお、ありがと」  千秋も靴を履いて、玄関のドアを開ける。  と先に外に出て、左を見てみると、 「あれ、千秋」  今日は夜遅くに帰ると聞いていた英司が、まさに自分のの部屋に入ろうとしているところであった。  拓也と話していたことで何の音も聞こえていなかった。 「えっ、あっ」 「どうした、千秋?俺も出たいんだけど」  千秋が立ちはだかっているせいで、玄関から出てこれない拓也が後ろから声をかけてくる。  ドアの外に英司、中に拓也。  ……待って、もしかして、これってピンチ? 「あ?なんか聞いたことある声したんだけど」 「あ、いや、これは」  だんだん近づいてく英司。  まずいまずいまずい!というか、なんで俺は浮気隠してるやつみたいになってるんだ!でも、ここで鉢合わせたら柳瀬さん、殴られるかもしれない!  内心汗をダラダラと流しながら、千秋は英司を止めるようにバッと両手を前に出す。 「や、柳瀬さんっ、ちょっと待って」 「ん?何か後ろめたいことでも?」 「おい千秋ー、誰と話してんだよ」  前からも後ろからも追い詰められ、千秋はパニック状態だ。  あっ、そうだ!ドア、一旦ドア閉めよう!  なんで思いつかなかったんだ。と、閉めようとしたところでもう遅く、ガッと英司に抑えられてしまった。  もうだめだ、終わった。  力でかなわない千秋は悟り、ついにドアを易々と全開にされてしまった。 「あ、あの……」  少しの気まずい沈黙の後、後ろにいた拓也がひょこりと横から顔を出してくる。 「あれ、千秋の先輩?」  ……ん?もしかしてこの感じ、隣人だってバレてない?  たしかに、隣の部屋にいたところは目撃されていなかった。 「家に来るなんてめっちゃ仲良いんですね」  あっけらかんと言う拓也にほっと胸を撫で下ろす。なんとか誤魔化せそうだ。 「柳瀬さ……」 「ああ、隣の家だからな」 「はっ!?」  英司が自ら言う可能性。  当然考えてはいたが、先ほどから言うな言うなという目線を送ってただけに、裏切られて大きな声が出た。  でも、この事態を招いたのは千秋であると自覚していたため、怒ることもできない。 「隣の家……?」  拓也が眉間をぴくりと寄せる。 「お前たち、今日家で何してたの」 「……普通にご飯食べて話したりしてました」  早口で千秋が答えると、突然、拓也がずいと前に出た。  千秋を庇うようにして英司と対峙する。 「あんただったんですか?隣人トラブルの隣人」 「は?」  ……完全に、俺が悪い。  千秋は目の前で始まる最悪のシナリオに、もうパンク寸前だった。
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