5. タイミングってやつ

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「そりゃ、本人に言えるわけないわ。先輩だもんな」 「た、拓也」  拓也は、完全に英司を敵とみなしたようだ。 「拓也、本当にそれはもう大丈夫で」 「一回でもあったらダメだろ、こういうのは」  隣人トラブルをどう解釈したのか、拓也は千秋を諭すように言う。 「だから本当に解決して……」 「隣人トラブルってなに?千秋」  しばらく黙っていた英司が、今までにない鋭い目付きで千秋を捉えた。  びくりと体が固まる。  ……あ、どうしよう、柳瀬さん、怒ってる。  それもそうだ。自分とのことを隣人トラブルなどと言って他人に相談されたのだから。しかも今でこそ恋人だが、隣人トラブルというのがいつの話かなど詳しく英司は知らない。今最近の話だと勘違いされれば、それは英司の気持ちを裏切ることになる。    さらには、英司に何も言わず拓也を家に入れてしまっている。ただの友達認定されたと思ってのことだったが、今の状況を加味すると、これは受け入れられないものな気がした。 「あ、の……俺」  もうなりふりかまっている場合じゃない。説明しなきゃ。でも、どこから説明すればいい。どこから…… 「あーもう、見てられねえ」  拓也が痺れを切らしたように言った。 「千秋は今日うちに泊める」 「えっ」 「……はあ?お前千秋になにする気だよ」  拓也に、ぱしと手首を掴まれる。英司が、威圧するように近づいた。 「あんたから遠ざけるんだよ。行くぞ、千秋」 「拓也、待ってっ」 「なんだよ千秋」  だめだ、このまま離れたら。柳瀬さんにちゃんと説明して、誤解をとかなきゃ。  じゃないと、じゃないと……  拓也に手を一旦ほどいてもらうと、柳瀬さんの元に寄る。 「あの柳瀬さん、ごめんなさい、誤解で、俺……っ」 「いいから。とりあえず、あっち泊まったら」  言われた途端、ガンと目の前が真っ黒になる感覚。さっきまでとは違う、怒りの含まれていない声音だった。それが、逆に冷たさを感じさせた。  ……もしかして、見放された?  表情を見るのが怖い。英司は、千秋の弁解も聞く気はないということなのだろうか。  ライバル視してた拓也のところに送るなんて、今まで考えられなかったのに。 「千秋、行くぞ」 「……」  拓也に再び手を引かれて、放心状態の千秋は、ただついて行くことしか出来なかった。
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