5. タイミングってやつ

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 朝起きると、いつもと違う風景だった。  あ、そうだ、拓也の家に泊まったんだった。  隣に柳瀬さんがいなくて、寂しくなる。こんなに素直に寂しいと思ったのは、これが初めてだ。 「おお、起きた?」 「おはよう」  拓也はすでに起きていた。ソファで携帯をいじっている。 「んー、とりあえず朝飯どっか行く?」  英司のことが気にかかったが、今から急いでアパートに戻っても英司はすでにいないだろう。  折り返しの電話もメッセージもない。  ぎゅうと心臓が痛くなった。苦しい。こんなんじゃ、もう誕生日は祝えないかもしれない。 「行こう」 「よし、じゃあ準備準備」  替えの服を持ってきてないというのは拓也もわかっていたからか、貸してくれた。 「おお、意外と似合うじゃん」 「そうか?」  服にはあまり興味ないけど、拓也が着る服はいつも今どきでおしゃれだ。少し新鮮な気分になった。  朝飯、とは言ったものの、結局夜まで遊び通してしまった。  家に戻ると、「いやあ、遊んだな」と拓也が上機嫌に風呂場に消えていく。  ……柳瀬さんも、もう家に着く頃だろうか。  拓也と遊んでいるときは純粋に楽しめるが、ふとしたときに、どうしても英司のことを思い出してしまう。連絡はまだない。一日会ってないだけなのに、千秋の心細さはますばかりだ。  と、そのとき、ピコンとメッセージ音が鳴った。  もしかして英司かと慌てて確認してみると、送り主は恵理子だった。  『今日、弁当どうしたの?』と、シンプルにそれだけ。  なのに、ギクリとする。たしかに、いつも弁当を作っていたのは千秋である。でも日によって作らないこともある。  だから、こうしてわざわざ恵理子が聞いてきたのは、きっと二人の間で何かあったんじゃないかと気づいたからだろう。  『色々あって。柳瀬さん、ご飯ちゃんと食べてましたか?』  この手の誤魔化しが通用するとは思えないが、聞きたいことは聞いた。  すぐに『三食食べてたよ。ハンバーガーセット』と返って来る。  ハンバーガーセット、三食?どんな生活だそれ、と普段の千秋なら言うだろう。  結局、『すいません』と返すことしかできず、携帯を閉じた。  食べてないよりマシかもしれないが、ハンバーガー三食はまずいだろう。もしこれが続けば……。  恵理子から英司のことを聞いたことで、柳瀬さんのところに行きたい、その気持ちがさらに強くなる。でも最後に「あっちに泊まったら」と言われた時のことを思い出すと、また留まってしまうのだ。
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