5. タイミングってやつ

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「はい。じゃあ、あの……」 『ああ、じゃあ、言えたら……戻って来れるか?俺のところ』  その言葉を聞いて、ぱあっと心が一気に舞い上がった。でも悟られないように努めて返事する。 「……言われなくても、勝手に戻るんで」 『ふっ、わかったよ。じゃあ、そろそろ切るぞ』 「はい……あ、柳瀬さん」 『ん?』 「……あ、あの……」  こんなときにどうかとは思うし、どうも自分らしくないことを考えていた。  ……何でもいいから、甘いことを言ってほしいとか。 『寂しい?』 「……っ」  自分で引き止めておいて黙っていると、少なくとも、名残惜しくしているのは伝わってしまったらしい、英司が電話越しに優しく囁いた。  それを聞いて、英司とのわだかまりを解消できたという安心もあり、一気に寂しい、会いたい気持ちが膨らむ。 「柳瀬さん……っ」 『千秋、そんな声出すなよ……』  焦燥が伝わる声で、英司は困ったように言った。 『だめだ、切れなくなる。とりあえずいいか、ちゃんと戻ってこいよ。……じゃあ、切るぞ?』 「うん……」 『……好きだよ、千秋。じゃあまたな』 「……へっ」  最後の最後に爆弾を落として電話は切れた。  好き……好きだって。千秋は、これは嫌われてなくて安心したんだと自分に言い訳しながらも、頬を綻ばせた。  ……もしかして、拓也の家に行くことをよしとしたのは、千秋に言うチャンスを与えるためだったりして、という考えがふと過った。本当のところはわからない。けれど、英司のことである。そうだとしても、おかしくないなと思った。  ──よし。拓也のバイトは夕方まで。なら、夕食を作っておこう。
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