5. タイミングってやつ

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 翌日、千秋は夜には家に着いていた。  午前中は拓也といたし、バイトが昼からあったため、すぐには戻れなかった。  千秋が家を出るとき、昨晩、恋バナと言って修学旅行の夜みたいに色々聞いてきた拓也が、「じゃ、またラブラブエピソードあったら聞かせろよな」と冗談ぽく言った。  今まで恋バナというものに積極的に参加してこなかった千秋だが、ここまで話すことになるとは……。でも、それすらも楽しかったのだ。  英司の誕生日も祝えそうだし、色々身が軽くなって話しすぎたかもしれない。  時刻は七時。千秋はバイトが終わるなり、急いで帰った。  どうしよう。まだ帰ってきてないみたいだし、一応戻ってきたこと連絡するべきか?でもそれじゃ、会いたくて仕方ない、と言っているようなものではないか。  靴も脱がず、未だ玄関で、うーんと唸る。  でも、いつも通りならこれくらいの時間には帰ってくるはずだ。  耳を澄ませて、家についたのを確認してから、次の行動を考えよう──と考えているうちに、トントンと外から足音が聞こえてくる。  どんどん近づいてきて、やがて千秋の家のドア前で止まる気配がした。  会いたくて仕方ないと思われるのは嫌だ、と思っていたのに、もう我慢できないと千秋はドアを開けた。 「うおっ、びっくりした」 「柳瀬さんっ……」  他の人の可能性もあったけど、やっぱり柳瀬さんだった。帰ってきて、そのまま千秋のところに来ようとしてくれたのだろう。 「電気ついてたの見えたから、いるのはわかってたけど。なに、待ってた?」  なんて穏やかに言いながらドアを閉めた。そして、自分の家のように靴を脱いで中に入っていく後ろ姿を、追いかけるように千秋もパタパタと中へ入る。  正直、会いたくて仕方なかった。そんな心情がバレているようで恥ずかしかったが、もうそれどころではなかった。  柳瀬さん、結構普通だよな……と思いながらも、千秋はたまらなくなって、部屋に入ったところで後ろから抱きついた。 「千秋……?」  こんなこと、普段なら絶対にしないのが千秋だ。声からしても、英司が驚いているのは明らかだった。  でも、どうしても、今、英司を感じたかった。 「柳瀬さん……」 「顔見せて、千秋」  切羽詰まったように言って、前に回っている千秋の手を掴むと、くるんとこちらを向こうとする。 「あ、今だめっ」  とんでもなく、情けない顔をしているに決まっている。そう思って顔を背けようとしても、英司の両手に捕まえられて、至近距離で目が合った。 「……可愛い。千秋、おいで」  まじまじと千秋の顔を見たかと思えば、たまらないといった様子でそう漏らした。そして、腕を広げて千秋を待つ。
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