5. タイミングってやつ

23/28
前へ
/152ページ
次へ
 いつもなら、英司がきついくらいぎゅうぎゅう抱きしめてくるくせに、こんなときを狙って、この人は。 「あ、本当に来た」  なのに、なんで大人しくこの人の腕の中に収まりに行ってるんだ、俺は。でも、もう今日に限ってはこのモードの自分を諦めるしかなかった。  抱きしめたまま、二人はベッドにぽすんと寝っ転がった。 「拓也くんに言えたんだ?」 「ん……」 「ならよかった」  柳瀬さんのおかげで、と付け加えようと思ったが、よしよしと頭を撫でられると、全身がぽんと熱くなってきた。  一度は柳瀬さんに見放されたと思っていたが、その後そうではないとわかっても、すぐに会うことはできなかった。そして、寂しい、会いたい、という思いだけが高まっていた上、久しぶりにこんなにくっついたのだ。  この熱が何なのかは明確だった。 「柳瀬さん、本当にもう、怒ってない?」 「そう言っただろ。もう何も気にしなくていい」 「ん、なら……」  千秋はそれを聞いて安心すると、もじ、と身じろぎした。 「どうした?」  とにかくまず、キスして欲しい。素直にそう言える性格だったならば、どれほどよかっただろうか。  でもじっともしていられなくて、きゅっと英司の服を掴むと、ぱっと顔を上げて、英司の顔に近づけた。 「柳瀬さん……」  至近距離で見つめ合うも、英司は「ん?」と穏やかな表情で頭を撫でてくるだけだ。ここまで近づけば、柳瀬さんからしてくると思ったのに、期待は外れてしまった。  行き場を失って、でも離れたくないから、とりあえず首に抱きつく。 「今日の千秋は甘えん坊だな?」  くつくつと笑う振動が直に伝わってきて、千秋は一度、抱きつく力を強めた。  もう我慢できない。もっと、くっつきたいのに。  千秋は腕を少し緩めると、何を思ったのか、ちゅっと英司の頬に軽くキスをした。 「えっ、千秋……!?」  やってしまった後、当然の流れのように、千秋の顔は真っ赤っかだ。  顔を見られたくなくて、再度首に強く抱きつく。 「ちょっと待て千秋、こっち向けって」 「や、やだ」  英司は嫌がる千秋をなんとか引き剥がそうとするが、なかなかできない。  結局、落ち着いたところで、千秋自ら離れてやった。このまま今日は終わり、となるかもしれないと思ったからだ。 「お前、どんだけ可愛いんだよ。キスしたかった?」 「別に……」  なぜか若干キレ気味の英司。でもその実は喜んでいる。頬にキスするだけで?と思ったところで、また恥ずかしくなってきた。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1328人が本棚に入れています
本棚に追加