6. そばにいる方法

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 千秋は午前で用事を終えると、そのままバイトに向かった。  そこでハッとする。朝のあの場面を見られたなら、流石に千秋と英司がただの仲のいい、じゃないことがわかってしまうだろう。あの一瞬でまた眠りについたとは考えられない。  途端にバイトに行く足が重くなった。  なんて言われるかわからない。わからないけど、避けられることでもない。千秋は色々と覚悟しておくことにした。  でも、むしろ何も知られていない前の状況よりはいいんじゃないか、とも思った。  たしかに今朝のあの光景はダイレクトにダメージが来たけど、ここまできたら我慢勝負だ。  前掛けのエプロンを身につけて店に出ると、すでに湊が働いていた。  いつものようにおはようと言われたが、そこからは何も読み取れない。  しかし、休憩室で鉢合わせると千秋の考えが当たっていたことは、すぐにわかった。  微妙に気まずい沈黙を挟んで、立ち尽くした湊が、 「英司が付き合ってたの、高梨くんだったんだね」  と、英司から聞いたのか、そう言った。 「それに、中学の時も付き合ってたのも高梨くんだったんだ」  罵倒をぶつけられることも予想していたが、湊はただ静かに、寂しそうに笑って言う。  ぐっと言葉が詰まって、バツが悪くなる。 「……ごめんなさい」  今まで言わなかったことを含めて千秋は謝るしかできなかった。 「……いや、恋人がいるってのは何となくわかってたんだけど」 「え?」  女の人だと思ってたから、と湊は言った。 「ほら、エリコって人。頻繁に連絡してるでしょ」 「ああー……」  今でこそ家には来ないが、かつて千秋も勘違いしかけた人間なので共感できた。 「恵理子さんは柳瀬さんの仲のいい大学の友達で」 「高梨くんはその人とも仲良いんだね」 「最近になって、ですけど……」  というか、恋人がいると知った上だったのか。そういえば中学の告白も、英司が付き合っている人がいる、と言ったあとにキスされたんだっけ。  そろそろ休憩時間が終わろうというところで、湊が何か決意したような表情で千秋をぱっと見据えた。少し泣きそうにも見える。 「ごめん。でも俺、諦めたくない」  その言葉に、ガンと頭を打たれたように目が覚めた。  自分はどこかで、恋人がいるとわかった時点で諦めてくれるのではないかと思っていたからだ。  それが、裏切られた。  なら、英司のことをより理解できて、生活も似ていて、いつも頑張っていて、綺麗で、素直で、優しくて。  そんな人にどうやって太刀打ちできるのだろう。
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