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三度見とはいえ、見ては目をこすり、じっくり見ては目をこすり、そしてガン見、とかなり濃いめの三度見だ。角からこっそり息を殺して覗いている自分はさぞかし怪しいことだろう。
でも嘘だろ、こんなことって。
顔といっても、エレベーターを待っているのかこちらに背を向けていて横顔しか見えない。それに、最後に見た時よりかなり背が伸びていて後ろ姿だけではわからなかった。
しかし、あの形のいい少し切長の目に、スッと通った鼻。傷みのない黒い髪の毛はサラサラと、目に少しかかるほどの長さだ。そして冷たさと柔らかさ、どちらも孕む印象的な瞳は、昔と変わらない。
本物……。本格的に実感が湧いてきた千秋は絶句して、息を飲んだ。
見間違いだと、別人だと思いたいのに、どうしようとも見間違えるはずがない。
当の隣人はやってきたエレベーターにそのまま乗り込み、とっさに身を隠した千秋に気づくことなく行ってしまう。
いつの間にか息を止めていたらしい、一度深呼吸をした。
さっきまで、まさかの人物との遭遇に驚くばかりだったが、今度は思い出されたように怒りがフツフツと湧いてくる。
それは一番忘れたい記憶をむりやり引っ張り出してきて、苦い思い出たちを順に思い起こしていく。
千秋は痛い頭を手で押さえた。
「あいつ……」
なぜならあの男、千秋の元先輩であり元恋人、そして生涯許さないと決めた相手である。
いつの日か、あの人の瞳が俺を捕らえて、目が離せなくなったことを思い出した。
それはずっと忘れたいと思っていた、今の今まで動くことなく止まっていた記憶。
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