2. 流されるな

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   軽くぶつかっただけだしそのまま行こうとすると、その女の人の向こう側から「高梨?」と呼ばれる声がした。  ここで、俺を高梨と呼ぶ人はいない。嫌な予感がする。  だって、この声は── 「やっぱり高梨じゃねえか!ちょっとこっち来い」 「え、えっ!?」  店の扉から出てきたのは、思った通り英司だった。  英司が大股で近づいてくると、手首を掴まれる。意味もわからずそのままどこかへ引っ張られそうになったのだから、千秋は反射的に手を振り払おうとした。  なんでこんな所いんだよ!?たしかにあのアパートからそう遠くないし、人が集まりやすい場所だけど、今まで一度も会わなかったのに! 「はっ、離してください!」 「いいから。お前に聞きたいことがある」 「お断りします!」  連れていこうとする英司と、抵抗する千秋。ギャーギャー言い合っていたところで、さっきの女の人が「ちょっと」と声をかけてきた。 「二人は知り合いなの?」 「そうだ」  英司が躊躇いもなく答える。女の人は「へえ」と言うとまじまじと見てきたので、千秋はうっと萎縮した。な、なんだ……?    というか同じ店から出てきたし、その感じだとそちら二人こそ知り合いなのだろう。 「悪い恵理子(えりこ)。ちょっとこいつに用があるから、ここで解散でいいか」 「いいけど、明日遅れないでよ」  そう言うと、恵理子と呼ばれたその女の人は髪を靡かせて行ってしまった。随分さっぱりした人だ。英司は下の名前で呼んでいたし、仲がいいのだろう。もしかして彼女……英司はああいう人のが好みなんだろうか。 「……いいんですか、一人で帰らせて」 「ああ。あいつ、ああ見えて俺より強いしな」 「え、とてもそうとは……」  武道経験者とかなのか?細くてすらっとしていたので、そうは見えなかったが、いかんせん見た目だけで人は計れない。 「高梨、こっち来て」 「うわっ、ちょっ」  油断していた矢先、ぐんと引かれて、路地の方へと連れていかれる。  掴まれっぱなしは手首は、力がこめられているのか、少し痛いくらいだった。
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