2. 流されるな

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 路地に連れ込まれて少し進むと、英司は立ち止まった。  その隙に千秋は掴まれた手を今度こそ振り払うと、振り返って真剣な顔つきでこちらに向き直った。  路地は電灯がなく通りからの光が差し込んでくる程度で、そんな少し薄暗い中、英司の端正な顔が余計際立つ。  千秋は本能でまずいと思い、とっさに顔をそらした。 「高梨。お前、最近家帰ってないよな」 「そうですけど、それがどうかしたんですか」  別に隠すことじゃない。まあ、気づいているとは思っていた。だけど、当初の目的「英司に会わないように」がアパート外で破られるなんて、自分の運の悪さに腹が立つ。さすがに偶然まで操ることはできない、か。 「そんなに俺に会いたくない?」 「そりゃ、そうなるのも仕方ないでしょ……あんた、俺にしたこと忘れたんですか」 「いきなりキスして復縁迫ったことか?」 「なっ!だから、そういう軽いのがっ」 「はあ?」  眉間に皺を寄せた英司が、一歩、千秋に近づく。英司の方が少し背が高く、さらに少し腰をかがめて顔をずいっと寄せてきた。 「な、なんですか」 「俺の、どこが軽かったって?」 「軽いだろ!」  それだけは間違いない。付き合っていたとはいえ、今はそうではない相手にこうベタベタしてくるなんて、軽い以外の何者でもない。 「言っとくけど、あれはお前だけだ」 「え……?」 「愛情表現ってやつ?あんなの、お前にしかしねえよ」  愛情表現とか、恥ずかしいことを平気で口にする英司。軽いと言うか、これは真面目に言っているからタチが悪い。 「だとしても、付き合ってるわけじゃないし」 「だってお前、どう見ても本気で嫌がってる気しないしな……」 「はあ……!?」  目、というか頭がおかしいんじゃないだろうか。こんな拒絶して、家まで出てるのに、本気で嫌がってないだと……? 「正真正銘嫌がってます。話、それだけなら俺帰るんで」 「おい、ちょっと待て」 「今度はなんですか」 「帰るって、俺らのアパートにだよな」  英司は咎めるように、鋭い視線を向けてくる。だけど千秋は、この目に負けるわけにはいかない。 「他人(ひと)の家に居候させてもらってるんで、ご心配なく!」  語気強めに返事すると、今度こそ千秋は翻して帰ろうとする。  が、それもまた叶わず、後ろから手を引かれると、壁に押さえつけられた。 「ちょっ、痛……」  ……くはないか。頭は英司に支えられて、壁に打ち付けることはなかった。 「高梨。今泊まってるの、どういうやつのとこだよ」  近い、近すぎる。問い詰める時に顔を近づけてくるのは、英司の癖だっただろうか。片手で肩は軽く押さえつけられており、逃げようとしてもすぐ捕まりそうだ。 「が、学校の友達のとこですけど……」 「男?女?」 「男」 「な、襲われたら大変だろうが!」 「ただの女好きの友達です!」  英司じゃあるまいしそんなことあるわけない。今まで、元々女が好きな男に好かれたこともない。
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