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千秋がそう訴えているのにも関わらず、英司はまだ納得していないようだった。
「でも、万が一ってことがあるだろ。お前だったらいけるって気になられてもおかしくない」
「それこそありえないでしょ!」
「それがありえなくないんだって……」
英司は少し呆れたようにため息をついた。馬鹿にされているのかと思って、千秋は少しムッとする。
「馬鹿にして……っ」
「してねえよ」
英司が再び真剣な表情でこちらに目線を向けると、千秋は思わず黙ってしまった。
「なあ、お前が嫌なら俺が引っ越す」
「は……?」
引っ越そうとしているのは千秋の方で、英司がわざわざ動く必要なんてない。原因はどうあれ、私情で人を他に追いやるなんてできるわけないだろ。
「だから、他の男の家に行くな……」
脇の下から腕が背中に回り、抱きしめられる。
「柳瀬さっ」
そのままさらに力を入れられて、ぎゅう、ときついくらいだ。
表情は見えないけど、顔がすぐ耳のそばにあって、思わずドキリとした。
「高梨……」
だめだ…突っぱねないと。何好き勝手されてんだ。このままにしておくと、この人はまた調子に乗り始めるだろう。そうわかっているのに、英司の切羽詰まった声が千秋をひどく困惑させる。
こうして英司に抱きしめられたのは中学ぶりだ。前みたいに一瞬のキスじゃなくて、でも今こうしていると、どうしようもなく……ドキドキしてしまう。
どんな風に囁かれたってつっかえせばいいのに、
千秋は、無意識のうちに英司の服を掴んでいた。
「千秋……っ」
「んっ」
英司は少し離れると、千秋の唇に余裕なく口付けた。この前とは違う、すぐには離さないキス。しばらくして離れると、すぐに二回目がやってきて、今度はちゅっ、ちゅっと少しずつ角度を変えてされる。
千秋は、キス止まりだった昔の関係を思い出した。キスするときや、二人きりの時、英司は「高梨」ではなく「千秋」と呼ぶ。
「千秋、口開けて」
「やですっ」
小さく言った英司に、千秋は小さな抵抗で返すが、力ないそれは意味をなさない。もう一度唇を重ねられると、遠慮のない舌が入り込んでくる。
「んぅ……!」
「ん……」
あれから、千秋も何人かと付き合った。キスもした。でも、この人とのキスは、その何人かとは全然違う。なんでだろ、なんでかな……。
英司の舌が千秋のそれに絡んできて、突かれて、舐め取られる。ただ激しいのとも違う、意味もなく暴れるわけではないそれは、確実に千秋をわけわからなくさせた。
だめなのに、おれ、だめなのに……。
「えいしくん……、ふ……はぁっ……」
ちゅ、と音を立ててようやく口が離れると、千秋はその音に顔を赤くしながらも呼吸を整えた。
それを待つことなく、英司はそのまま千秋をそっと抱き寄せる。
「好きだ、千秋……」
こんな路地で何やってるんだ、とか。通行人に見られたら、とか。そもそもまた許可なくこういうことを、とか。色々思ってること言いたいことはあった。
──でも、英司くんがあまりにも切なげに言うから、俺はいつもみたいに悪態をつくことができなかった。
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