2. 流されるな

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 そんな千秋に英司は悪びれる様子なく、悪い悪い、と軽く言うだけだ。 「それより、開けてくれないか。今ちょうど両手が塞がってるんだよ」 「……嫌に決まってます」  何さも当たり前のように言ってるんだ。千秋は今から出かけるのだ、どちらにしても英司を入れることはできない。 「あ?今からどっか行くのか」 「そうです、飯の材料買いに行くんです。なので申し訳ないですけど、お引き取りください」  わざとらしく丁寧な口調で言いながら、開きかけたドアを押す。いくら英司でも、家主不在の部屋にむりやり入ってくることはしないだろう。 「ならちょうどよかった。一緒に飯、食おうぜ」  ドアを完全に開けると、さっきは顔しか見えなかったが、英司は確かに両手が塞がっていた。パンパンに詰まったビニール袋は、持ち手が英司の指にきつく食い込むほどだ。 「それは……」 「こっちのは、昨日お前と会ったあの通りにある店で持ち帰りしたやつで」  英司はくい、と右手の二つの袋を軽く持ち上げて見せる。  そ、それは……!手前のは俺が大好きなプレミアム焼肉丼…それからその後ろに見えるのはあの高そうな寿司屋の、大きさ的にたぶん極上セット……!  心の中で食いついてしまっている千秋をよそに、英司は次に左手を持ち上げて見せた。 「そんでこっちは、適当に入った菓子屋で買ったやつ」  そのロゴは超有名かつ超おいしいスイーツ店のものだ。本当にたまにしか食べたことがないが、初めてあそこの抹茶タルトを食べた時は、口の中が溶けるかと思った。ケーキはケーキ箱だろうが、それとは別に紙袋も持っている。 「な?飯まだならいいだろ?」  こ、この人。こんな俺の好物ばっかり、本当にたまたまか……?しかも特にお腹の空いているこのタイミングに、英司のこれが本当に偶然なら、それはとても恐ろしいことだと思った。
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