2. 流されるな

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 英司はもうひとつのプレミアム焼肉丼も千秋に食べさせようとしたけど、それは流石に持ち帰ってもらうことにした。  千秋だって普通に考えたら完食は無理だと思ったが、超がつくほどの空腹と目の前の大好物、そういえば自分は普通の状況じゃなかったのだ。寿司が食べ終わって、まだ腹に余裕があったのもあり、プレミアム焼肉丼をどうしても食べたくなった。  まるで餌付けでもするかのように、もっと食べろって促すから、恥を忍んで言ったのに。それを、この人は……。 「すいませんね!だって、プレミアム焼肉丼だったし……」 「ふっ、絶対フルネームで言うし。やっぱり好きだったんだ?」 「……好きですけど」  前は英司が空腹で大変なことになっていたのに、これでは立場逆転だ。  ……ん?待て。やっぱりって?千秋は今まで英司にプレミアム焼肉丼について話したことなんてない。どころか、好きな食べ物を言ったことすらないはずだ。 「俺が好きなの知ってたんですか?」 「いや、焼肉丼のことは知らねえけど。お前、部活で焼肉食べ放題に行った時、今までで一番の食いつきだったからな。ご飯も一緒に食べるタイプだっただろ。だから焼肉丼とか好きそうだなって」  それは英司が三年生、夏休みの頃の話だろう。普段はファミレスばかり行っていた千秋たちだったが、引退前最後というわけで、全員で焼肉に行ったのだ。  しかし、俺はそんなに食いついているように見えてたのか、しかもちゃっかり分析された上、完全に図星を当てられている。千秋は五年越しに恥ずかしくなった。 「寿司もお前の誕生日に回転寿司行った時、サーモンばっかり食べてたしな」  それは、英司と両思いになったあとのことだ。  千秋の誕生日は12月。英司は忙しい勉強の合間を縫って、千秋を連れ出してくれたのだ。食べたいものを聞かれて、回転寿司と答えたのを覚えている。 「海老は少し苦手だろ。だから今日は抜いて、かわりにサーモン増やしてもらった。他の要望も聞かれたし、融通きくなあそこ」 「え、そうだったんですか?俺、てっきり……」  実は、メニューは店前に表示されてはいるけど、見るからに高いからとあの寿司屋に入ったことがなかったので、中身事情も知らなかったのだ。  とはいえ、今日そこまでしてくれていたなんて、と千秋は呆気にとられる。 「じゃ、じゃあ、ケーキは」 「ケーキ?ああ、みんなで休みの日ゲームしに行った時、ケーキ持ってったらすげえ喜んでたよな。あの無駄にキラキラした仏頂面の弟も一緒にな」  あの時ばかりはお前ら似てたわ、と英司が思い出したように笑う。  あの日だけではない、それから休みに千秋の家に集まる時、人に貰ったと言ってはよくケーキを持って来ていた。あれは、弟も含め俺が好きだと分かっていたからだったのか。  千秋はぎゅうとなる胸に、無意識に手をやる。焼肉の事といい、誕生日の事といい、ケーキの事といい……この人は何でそんなに覚えているのか。
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