2. 流されるな

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「まあ、店の名前は忘れたんだけどさ。いくつかあったし。普通にケーキが好きか、甘いのが好きかだと思ったんだけど、違った?」  ああ、本当、この人は一体。  つまり今日、俺の好物ばかりだったのは、ただの偶然というわけではなかったのだ。  千秋ですら記憶が薄れているところがあるというのに、英司は頭も良ければ記憶力もいいのか。もしかして記憶力がいいだけでなく、千秋だったからとか……いやいや、流石に、それは。  でも、もしもこれが都合がいいから復縁したいだけの相手であったならば、こうまでするだろうか。千秋はらしくもなくそんなことを考えた。 「……甘いものが好きで、一番好きなのがケーキです」 「やっぱり?さすが俺だな」  英司は得意げに鼻を鳴らしたが、どこか安心しているようにも見えた。 「あの……俺、ケーキも食べたいです」 「お……まだ食べれるのか、すげえなお前」 「いや……甘いものは、別腹だし……だ、だめですか?」  ついそう言ったが、本当はそれだけじゃない。そうまでして買ってきてくれたものを、食べないのは失礼だと思ったからだ。というよりは実際、腹はすでに結構いっぱいだったけど、なぜか急に、すごく食べたくなったのだ。  千秋がそろそろと様子を伺っていると、英司はふっと優しく笑った。 「いいに決まってるだろ。お前のために買ってきたんだぞ」 「っ……じゃあ俺、すぐとってきますね!」  勢いよく立ち上がると、千秋はパタパタと冷蔵庫の方に逃げた。  このタイミングであんな笑顔見せるなよ。ちょっと頭がおかしくなってしまっている、このタイミングで。  慌てる気持ちを抑えて、冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。  皿に出そうと蓋を開くと、今度は目を見張った。  これ……! 「柳瀬さんっ、これ、抹茶タルト!」  思わず部屋の入り口まで戻ると、英司を呼んだ。  だって、この店の名前とロゴを見て一番に思い出した抹茶タルトがあったのだから、さすがに驚いたのだ。ここまで好きなものが出てくるといっそこわい。その特定力かなんなのか、わからないが。
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