2. 流されるな

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 英司が、部屋の入り口から顔を覗かせている、少し興奮した様子の千秋の方を向いた。 「抹茶タルト?」 「あ、いや」  急な謎の報告をしてしまったことに気づき、千秋は我に返る。バツ悪く引き下がろうとすると、英司は、へえ、と意地悪く笑った。 「さすがにどのケーキが好きかまではわからなかったけど、当たっちゃった?」 「ちがっ……違わないですけど」  数あるケーキの中からこれを選んだのか……。  千秋は今さら否定することなどできなかった。そうすれば「じゃあ食べなくていい」と言われてしまうかもしれない。それだけはだめだ。  いや待てよ、ケーキは二つある。こっちが英司の分だったのかもしれない。もう一つはチョコレートケーキだ、こちらも随分美味しそうだった。 「柳瀬さん、どっち食べます?」 「聞くのかよ。どっちも食べていいぞ」 「ど、どっちも?」 「食べきれないなら冷蔵庫にしまっておけばいいだろ」 そんなわけには……と言いかけると「俺甘いものそんな好きじゃねえから」と返され言い返せなくなる。 「じゃあ……ありがたくいただきます」  今日は抹茶タルトだけ食べることにして、チョコレートケーキは英司に言われた通り冷蔵庫にしまい、明日食べることにする。  またさっきのところに座り直すと、英司がわずかに微笑みながら機嫌良さげにこちらを見てくるのだから落ち着かない。 「……いただきます」 「どうぞ」  抹茶タルトにフォークを入れて一口食べると、抹茶の風味と柔らかな甘さがたちまち口に広がった。やっぱりおいしい…幸せだ。  というか柳瀬さん、自分は好きじゃないのに買って来てくれたんだな。それはつまり本当に俺のためだけにってことで、それは申し訳ないような、う……嬉しいような……。 「柳瀬さん、なんでここまでしてくれるんですか」 「あ?」  あ、まずい。言った後すぐに千秋は後悔した。それは昔離れてしまった千秋を取り戻すためだと一応わかってることであり、でも深掘りすれば二股事件にたどり着く。現にそれがあるせいで、千秋はこの男を怒っていたはずなのに。 「いや、今のは忘れてください」 「お前が好きだから。気引きたいに決まってるだろ。こんなに言ってるのに、お前まだわからないのか?」 「だ、だからいいですっ。言わなくて」 「下手すれば中学の頃より鈍感になってるぞ」 「は、はあ?」  決して鈍感なわけじゃないけど、そんな感じになってるのは全部あんたのせいだろ!と今度こそ叫びたくなった。
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