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英司は、はぁ……とため息までつくと、千秋の怪訝な表情から感じ取ったのか「いや、」と切り出す。
「金はいいけど、本当は別に何かしてもらおうと思ってたんだけどな」
「はい?」
「まあ、あわよくばの話だけど」
な……な……!
やっぱりこの人、飯の見返りに何か要求しようと企んでたのか!俺の予想は間違っていなかった。食べ始める前に考えたことが当たり、ほら見ろ、と千秋は心の中で得意げに言った。
でも、文脈的にはしてもらおうと思ってた、ということらしい。過去形だ。なら、今は違うということか。
「でもお前のマジで喜んでる顔見たら、そんなことさせるのもなって」
何をさせようと考えていたのかは知らないが、どうやら大好物を目の前にした千秋の喜び具合に、考えを変えたらしい。
そんなにわかりやすく喜んでいたか…?俺。英司から見る千秋と、千秋が思う千秋は、いつも全然違う。
英司は再び、何か要求したい気持ちとそれを憚れられる気持ち、その両方に葛藤させられているようだった。
しかし、今日のことはすでに、前に千秋の手料理を食べた借りを返すことと、約束を守ったご褒美ということで一応落ち着いたはずである。
でも一方で、たしかに、やはりそれだけでは足りないとも思っていた。そもそも、英司が言ったその二つについて千秋は納得できていない。だから、なんだか不完全燃焼というか、そんな感じなのだ。
まず、今日、英司はすごい量の食べ物を買ってうちにやって来た。約束を守るかもわからないのに。そして、とんでもない記憶力と分析力により、千秋の好みを特定し、そのために色々と骨を折ってくれた。店も何件も回ったことだろう。
全て、千秋のために。
それはまるで愛されているようで───とにかく、さまざまなことを合わせて考えると見合っていない。全然対価を払えていない。それはなんだか、対等ではないと思う。
……ああ、だめだ、今俺は、美味しいものを与えられすぎて気が大きくなっているのかもしれない。
だから……。つまり、何が言いたいのかって言うと……
千秋は、勢いで、指を差すようにずいっと人差し指を英司の前に突き出した。でもその手は、すぐに勢いをなくして、するするとテーブルに落ちていく。
「ひ、一つだけなら……」
「ん?」
テーブルに肘を乗せて頬杖をついている英司が、何か言い始める千秋に目を向けた。
「一つだけならっ、……言うこと、聞いてあげなくもないですけど」
思わずぱっと顔を手から浮かせた英司。
「え…………。え?」
これまた珍しい顔で、まさかの千秋の申し出に驚愕するのであった。
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