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さすがに千秋の存在に気づいたらしい、英司は玄関から出てきかけた状態でこちらを見た。
「……あれ、えっと」
目が合うと、心臓がどきりと鳴る。その眼差しを向けられると、より鮮明に昔の記憶だけでなく、雰囲気をも思い出させる。
久しぶりに声、聞いた……。昔よりだいぶ低くなったけど、落ち着いていて、どこか澄んだ声はやっぱり心地いい。
──いつか、あの声で囁かれながら、軽く頭を撫でられたことがある。
ふと思い出すにしても、あんな些細で一瞬のこと……。
やばい、何か言われたとして、なんて答えればいいんだろう。お久しぶりです?元気そうですね?そこまで考えて、ハッとする。いやこいつは今でもたまに夢にまで出てくる最低男だぞ。この際会ってしまったのは仕方ない、罵倒の一つでもしてやればいい。
と、一瞬で結論に辿り着いて臨戦態勢をとった千秋だったが、
「新しい人ですか?」
という言葉に、脳内で用意していた罵倒の言葉の数々は出番なく散っていった。
「あ、……そうです」
その代わり、馬鹿正直に、ごく普通の返事をしてしまった。
千秋の返答に「そっか」と呟いた英司は何を考えているのかわからない顔で、先に玄関の鍵を閉める。
新しい人ですか?って。俺のこと、バカにしてんのか?
しかし目の前の男の様子を見るに、からかっているわけではなく、本当に千秋を今日初めて会った人だと思っているらしい。
「俺、柳瀬と言います。すいません、今頃気づいて」
たしかに昔とは見た目も多少は変わっただろうけど、俺はすぐ…気づいたのに。そもそも俺のこと忘れたのか?
「あー……すみません、ちょっとあの、用事があるのでっ」
千秋は言いながら玄関のドアを開けると「え?」と驚いてる英司をよそに、ガチャン!とドアを思い切り閉じた。
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