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「はぁっ、はぁっ」
結局、逃げてしまった……
用事ってなんだ、用事って。言い訳苦しすぎるだろ。あの最後の顔…。絶対おかしいと思われた。機転のきかない自分の咄嗟の行動に、さすがに嫌気がさす。
玄関のドアに耳を当ててみると、もう行ってしまったらしい。少し急足でコツコツと足音が遠ざかっていく。その足音が聞こえなくなりホッとすると、改めて部屋に入る間際、怪訝な顔をしていた隣人のことを思い出した。
あれは、完全に千秋のことがわかっていない顔だった。まさか、気づかれもしないなんて。ああそうかよ、俺は記憶にも残らない些細な人間だったってことですか。
でも、もうこれでわかった。嫌いな人間がす隣にいるなんてやっぱり耐えられないし、家にいるのに気が休まらないなんてストレスすぎる。
たしかにさっきは少し動揺したけど、今はもうとっくに正気だ。やつが俺に気づいていないなら好都合、腹は決まった。
引っ越す。
この条件のいい部屋を早々に手放すのは惜しいが、背に腹は変えられない。そして、次の家が決まるまで絶対英司に会わないように徹底する。引っ越しさえしてしまえば、生活圏は同じでも関わることはない。
よしこれだ。これしかない。
そうと決まれば新しい家を探そう。明日にでも探しに行こう。
やつのせいでここまでしなければいけないのは些か腹が立つが、千秋は復讐したいのではなく、ただ忘れたいのだ。
というかいい感じに忘れられてたのに……なんで、こんなタイミングで現れるんだよ。
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