4. それは単純で特別な

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 バイトもないので、学校の帰りそのままアパートに帰ると、英司の家の前に人影が見えた。  あれは…… 「あ、どうも」  玄関のドア前に寄りかかっている恵理子だった。英司は不在なのか、たぶんここで帰ってくるのを待っているのだろう、見てすぐにわかった。  話しかけられて立ち止まると、千秋も「こんにちは」と返した。  昼間の拓也の話の既視感はこれか。言い合いになったとき、恵理子が訪れてきて、千秋はそのまま家に逃げ帰った。前提が違うけど、鉢合わせという点では拓也の話と類似している。  この人と英司がどういう関係なのかはわからない。  でも、別に千秋と英司はお互いに誤解を解き合って、体も重ねてしまったとはいえ、付き合ううんぬんという話はしていない。  だから、千秋はそのまま家に入ろうと、恵理子の前を過ぎようとした。 「君、柳瀬の後輩なんだって?」 「……え、はい」  さらっとした声で聞かれ、反射で返事をすると、進みかけた足を止める。  まさか、会話を続けてくるとは思わなかった。  ……というか、柳瀬さん俺のこと話したのか。まあこんなに鉢合わせてたら言うタイミングもできるか。 「この前君が部屋にいた時、すごい怒られちゃってさ。ほんと理不尽。でも君との時間を邪魔されて怒ってたみたいだけど、それは解決したんだ?」 「……や、お見苦しいところを見せてすいません。一応、解決はしました」  その内容までは知らないよな、と心配になりながらも答える。  それにしても、無表情に淡々と聞いてくる恵理子の真意がわからない。掴めないタイプの人間だ、と瞬時に悟った。 「それで、仲良いだけの後輩相手に、普通あそこまで執着しないかなって思ったわけだけど」  目を細めて、口角をあげた恵理子がこちらを見据える。  いきなりのことで、ぎくりとして否定の言葉も出てこない。  ……待て、もしかして色々と感づかれてる?  そのとき、後ろから「恵理子!」という声がして、二人同時にエレベーターのある方向を向いた。 「あ、柳瀬さん……」 「柳瀬、遅い」 「だから俺が持ってくって言っただろ。1日くらい待てよ」  帰ってきたのは英司で、千秋に一言「悪い、あとで部屋行く」と言うと、鍵を開けて中に入って行った。  別に気を使わなくていいのに。  そう思いながら、恵理子が閉まろうとするドアを手で止めたのを見て、千秋は「失礼します」と告げると、自分も家の中に入った。
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