4. それは単純で特別な

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 7月も終わる頃。  千秋は夏休みを目前に、浮き足立っていた。あと一つ試験が終われば夏休みだ。  拓也と二人で帰路についていると、「千秋〜」とだる絡みしてくる。 「夏休み中、合コン行きまくろうぜ、合コン」 「懲りないな、お前も。俺は行かない」 「もしかしたら次は運命の子と出会えるかもしれないだろ?」 「運命って……」  あ、バカにしたな、と拓也が拳をぐりぐりと押し付けてくる。  相変わらず、英司は忙しい生活をしているようだ。  千秋が懸念していた「つながりが消える」なんてこともなく、毎日でなくても英司は合間を縫っては会いに来て、一緒にご飯を食べたり、そのまま一緒に寝たり、二人でもだもだしたりと色々だ。  まるで恋人のように接してはくるが、まだ自分たちの関係は微妙な感じのまま。不安なら聞けばいいのに。脳内の自分が簡単そうに言った。 「じゃ、今度家に行かせろよ」  拓也がポンと千秋の肩を叩いた。 「まあ、時間が合えば……」 「約束だからな!じゃ、俺こっちだから」 「ああ、じゃあな」  拓也と途中で別れると、千秋の足は近くのスーパーに向かった。  最近交換させられた連絡先。今日来るという英司からメッセージが来たのだ。  豚の角煮をつくっている最中に「もしかして俺、お母さんみたいになってる?」と唐突に思った。  英司が飯をせびりにきている、と言っているのではなく。今日だって、まず一人では食べない角煮を帰りの遅い英司のためにつくっているわけだし、いや、これはもうお母さんというよりも……  炊飯器の炊けた音が鳴ると、はっと我に返る。結局これも、一人用に買い換えることはなかった。  自覚ないだけで、やっぱり浮かれてるのか、俺……。  別に悪いことではないはずなのに、一種のショックを受ける。誤解も解けて英司に構われて浮かれてる、なんて、言葉にするとらしさのカケラもなくてショックだ。  そのとき、玄関のチャイムが鳴って、すぐに火を止めた。英司が帰ってきたのだろう。 「はーい」  浮ついた気持ちが出ないように努めてドアを開けたが、そこにいるのは英司ではなかった。 「え……え?」 「恵理子ね」  いや、別に名前を思い出そうとしていたわけではない。  しかし、来客が英司ではなくとも、恵理子だったことに当然ながら驚く。  前に千秋がこの家に入っていったのは見ていただろうけど、まさか、俺になんの用だと言うのか。  何を考えているのかわからない彼女に、どう接すればいいのかわからないまま、「あの……」と声をかける。 「柳瀬」 「え?」 「柳瀬が倒れた」
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