4. それは単純で特別な

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「まあ、好きでもないことを、好きでやってる人間よりも遥かに、あそこまで努力できるやつなんて、私からしたら頭おかしい以外の何者でもないよ」 「じゃあやっぱり、いつも忙しそうなのは……」 「授業や実習以外にも、ご飯を食べることを忘れるくらいずっと勉強してるから。ちなみに研究室に籠ることが多い」  想像がつかない。千秋は、ご飯を二日以上抜いてしまったり、寝不足で部屋で急に倒れたり、それほどまでに何かに努力したことがない。  したくても、一回できるかできないか……いや、一回でも相当厳しそうだ。 「でも、それで体調崩したら元も子もないのに」 「少なくとも、大学入学時よりも今の方が断然ひどくなってる。このままだとまずい。だから君のところにわざわざ行って、こうして他人様のことをベラベラと話してるわけ」 「……俺、聞いてよかったんですか?こんなこと」  あまりに夢中で今さらだったが、そこが気になった。人づてにこういう他人話を聞くのは本来はばかられることだ。 「柳瀬に『どうして医者を目指してるのか』と聞いてしまったとき普通に教えてくれたから、君が知ること自体は大丈夫だけど。まあ、私が勝手に言ったとなるとどうなるかはわからない」 「ええっ、そんな俺どうすれば」  それは恵理子だから言った、という可能性は大いにある。 「だから、柳瀬をなんとかして。もう、貴重な本たちを貸してもらうだけじゃ賄いきれないってね」  英司は恵理子に面倒をかける代わりに本や資料を貸していると言っていたが、本当だったらしい。  たしかに、今回だけでも心臓に悪いのに、これが続けばどうなってしまうか。  自分がその狂気とも言える英司の一面を「なんとか」できるかはわからない。  しかし、そんな英司をただ放っておくことも、やっぱりできるわけがなかった。
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