4. それは単純で特別な

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 大きな病院に着くと、病室に向かう恵理子に足早について行く。  そうか、恵理子さんが柳瀬さんを病院に連れて行ったのか。  そして、英司のいるらしい病室の引き戸の前に立つと、恵理子は「ここ」と言って止まる。  千秋がすぐに開くと、まずベッドが置いてあって、一人部屋らしい、英司はヘッドボードにもたれかかって本を読んでいた。 「……え?高梨?」 「や、柳瀬さん、大丈夫なんですか?」 「ああ……点滴もして全然元気だし、入院って言っても念のためだし」  英司は予想外とでも言うように目を見開いたままだ。  言っている通り、今は元気そうで安心したが、病院のベッドにいるのを見るとやはり痛々しい気持ちになる。 「でも、どうして俺が……というか、どうやって来たんだ?」 「恵理子さんが連れて来てくれたんです」  入り口をちらりと見ると、いつのまにか恵理子はいないようだった。部屋には柳瀬さんと俺、二人だけだ。 「あー……そういうことか。悪い、今日行く約束してたのに連絡できなくて」 「……そんなのはいいんですよ」  千秋は台の上にある携帯を見て低い声で呟くと、バツ悪そうに笑う英司の近くまで大股で寄る。  なるほど、元々俺に言うつもりはなかったってことか。 「高梨?」  様子の違う千秋に、英司が心配そうに呼ぶ。  俺は確かに、英司の家族や将来のこと、勉強のことを詳しく知らない。それは俺が聞いてないのもあるし、柳瀬さんが言おうとしてないからなのもそうだ。  別にいい、無理やり全てを知ろうとしなくたって。別にいい、何もかもに関われなくたって。特に、柳瀬さんががんばっていることを邪魔したくない。  付き合ってるのかわからない、この生ぬるい状況に浸かるのだって、もどかしいときはあれど、まあいいかと思い始めていたくらいだ。  それは名目を変えたってあまり変わらないと、心のどこかで感じていたから。
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