4. それは単純で特別な

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「じゃあ柳瀬さん、俺帰るんで……」  長居するのもあれなので、早々に出て行こうとすると、英司にちょいちょいと手招きされる。恵理子が「外で待ってるから」と扉を閉めた。  なんだ?と再び英司の元に寄ると、「もしかして今日、俺の分もご飯つくってくれてた?」と申し訳なさそうに聞かれた。  たしかに今日はうちに来るとメールをもらっていた。もしかして、つくったものを無駄にしたと気にしているんだろうか。 「あ、はい、でもどうせ俺も食べるんで」 「なにつくったの?」 「えっと……豚の角煮です」 「それ手間かかるやつだよな。あー……俺も食べたかったな」 「あ、えっ、じゃあ、明日退院できるなら、俺持っていきますけど。1日置いても美味しいんで。あっ、でも退院直後に豚の角煮って大丈夫なんですかね」  食べたかったと言われ、嬉しくなってしまうのは仕方ないだろう。それを見て英司がふっと笑う。 「お前、圧倒的に嫁……」 「よ、嫁……?」  なんと、お母さんではなかった。ていうか、よ、嫁って……。  そんなことを考えていると、くいと引き寄せられて、ちゅーっとキスをされた。  ちゅっと音を立てて離れると、英司に頭をするりと撫でられる。 「……じゃあ、明日すぐ帰れるはずだから、そしたら千秋のところに行く。で、それ食わせて」 「は、はい……」  近すぎる距離に英司の顔があって、微笑まれるとバクバクとさらに鼓動が速くなった。  そして、その後すぐ病院を出て恵理子に家まで送ってもらったわけだが、心臓が落ち着くことは一向になかった。
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