4. それは単純で特別な

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 英司のお見舞いに行った翌日の朝、千秋は朝から家の掃除をしていた。  起きると英司からのメッセージが届いて、どうやら昼頃には帰れることになったらしい。  今日は土曜日でバイトも授業もない。  別に、普段からある程度きれいにはしているし、慌てて掃除することもないのだが、なんとなく落ち着かなくてこうして床にワイパーをかけ続けているのだ。  もう時計の針は12時を差そうとしている。  いやいや、いつもと同じようにしていればいいんだ。たしかに昨日、恋人……みたいなことにはなったけど、態度とかは変えなくていいはずだ。  正式にこうなる前から、既にそういう関係っぽいことはしてたし。……とは思うものの、頭の中では、それはわかってるけど!と大忙しである。  そんな様子でひたすら掃除し続けていると、12時半に英司はやってきた。 「よう。おじゃまします」 「あ、はい、どうぞ。もう体は大丈夫なんですか?」 「ああ、もう完全に回復した。心配かけたな」 「いえ、それならよかったです」  いつものように部屋の方で英司には寛いでもらうことにし、千秋は角煮を鍋から取り出す。  他の料理も用意したのだが、勢い余ってどう考えてもつくりすぎてしまった。  でも柳瀬さん、普通な感じだったな…。まあ、そりゃそうだ、柳瀬さんだし。 「千秋〜」  キッチンで色々やっていると、部屋の方から顔を出した英司がこちらにやってくる。 「あ、もうすぐで準備できるんで」 「んー?」  後ろに回って来たかと思えば、そのままきゅっと抱きしめられた。 「ちょ、なんですか……」 「改めて千秋を堪能してる」 「こんなところで、や、やめてくださいよ」  身をよじっても離れる気配もないので、できるだけ早く用意を終わらせると、運ぶのを手伝うためにやっと離れてくれた。  なんだろう、前よりもっと遠慮がなくなった感じ。でもそれが嫌じゃなくて、さらに心を開かれているようで、妙に心地よくてドキドキする。  ……やっぱり柳瀬さんも恋人になると、少なからず変わるということだろうか。  今の柳瀬さんが、恋人にはどういう風に接するのか千秋は知らない。何せ、五年間もブランクがあるのだ、中学の頃とは違うだろう。  なんだそれ、どうしよう、なんかめちゃくちゃ緊張して来た……。
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