4. それは単純で特別な

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 ぐう……と悔しがっていると、英司がそのまま話を続ける。 「俺の親父のことも聞いた?」 「あ……はい」  英司の手が頬から頭に移動して、いつかみたいに髪をさらさらと撫でられる。 「親父は元々すげえ医者だったらしいんだけど、病気になって寝込むことになって、海外に行って手術成功したのはよかったけど、すぐ別の病気でな。……あっけなかった」  英司はどこか懐かしむように前を見据える。 「すごい和気藹々とした家族ってわけでもなかったけど、忙しい中で俺の勉強もよく見てくれてたし」  確かに、英司は中学校の頃から勉強がすごくできていた。よく覚えている、千秋も含む部活メンバーはよく勉強を教えてもらった。 「それに医者としてすごい人だったらしい。俺は、そんな親父が別の病気で死んだことにものすごくがっかりした」  表情は見えない。千秋は黙って聞いた。 「そりゃそうだろ、海外に行ってまで手術しなきゃいけない病気が治ったっていうのに、あっさり別の病気で死ぬなんて。たかが子どもには何もできないのに、その時ものすごく悔しくて、悲しかった。だから、やれるやつがやるしかないと思ったんだ」  やれるやつが、やる……。 「ああ。正直、俺は適当にやっていても医者コースだった。なりたかったわけじゃないけど。だけど、せっかく医者になるっていうレールが敷かれてるんだ、あのとき初めて医者一族であることに感謝したよ。で、ただの医者じゃなくて、めちゃくちゃできる医者になってやるって決めた」  そう言って英司は話を締めくくった。  全てを聞いた後、恵理子の言っていた「頭のおかしいやつ」という言葉を思い出した。  たしかにそうだ、でもそれは決して馬鹿にしているわけではない。  英司のように、一つのことに、ある意味意地とも言えるほど、ここまで力を注げる人間はそう多くないと思う。少なくとも千秋は見たことがなかった。
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