4. それは単純で特別な

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「母親も今は再婚してるけど、最後まで親父と一緒にいられて幸せそうだったしな。俺も変に引きずってるわけじゃない。まあ、そういうわけで、それがここ最近5年の話」  千秋はなにも言えなくて、ただ小さな息を漏らすだけだった。  英司の口調は明るいが、如何せん表情は見えない。でも、引きずっていないと言っている英司に、変に気を遣って困らせる必要もないだろう。  しかし、さすがに何か言おうとしたところで、急に英司がガバッと抱きついてきた。驚いて、わっと声が出る。 「千秋は、俺のこと色々心配してくれてたんだよな?」 「そ、それは……体のことで」 「わかってる。嬉しかったから、昨日心配して来てくれて」  それは恵理子さんのおかげで、と言いかけたところで、ぎゅううと苦しいくらいに抱きしめられる。ぐえっと変な声が出そうになった。心配されたのがそこまで嬉しかったのだろうか。 「柳瀬さん。俺、考えたことがあるんです」  言うなら、今かもしれない。 「なに?」  英司がこつんと頭を寄せてくる。 「俺、柳瀬さんにご飯つくります」 「え?」 「だから、ご飯つくりたいんです!」 「あ、ああ、千秋はいつも食わせてくれるよな?」  伝わってくれないうちに、恥ずかしくなってきた。しかも、絶対いきなりすぎた。というか、自分はなんでこんなこと言おうとしてるんだろう。あ、「なんとかする」ためだった。  そう。実は、恵理子も言っていた、英司を「なんとかする」ための案を真面目に考えたのだ。そしてまさに今、それを提案しようとしている。 「そうじゃなくて!だから、その……」  重いかもしれない、と心の中で何度も思った。でも、立ち止まるのはもうやめたのだ。 「毎日!できる日はつくりたいんです!柳瀬さんの健康のために!」  ぐりんと首を捻って、さっきより大きな声で言い切った。  そうだ。もしこれがだめなら別の手を打つ、それが今の千秋には許されているじゃないか。ある意味、自信のようなものを持っていた。  英司の様子を伺っていると、どうやら千秋の言っているの意味と、それが本気だということがわかったらしい。至近距離で覗く瞳は驚きに揺れていた。 「……千秋は時々、本当にびっくりするようなこと言うな」
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