5. タイミングってやつ

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 後ろを向いて正面からふわりと抱きつくと、英司が「おっ」と声を出した。  そして、顔をだんだん近づけ……ると見せかけて、唇を通過すると、 「夕飯作りましょう」  と耳元で囁いてやった。  予想通り、英司は呆気にとられた顔をしている。 「……キスされんのかと思ったんだけど」  英司が不満げにじとりと目線をよこす。その様子を見て、反対に千秋は満足げにふんと笑うと、ご飯を作り始める。  珍しい顔を見れたし、してやったりな気分だ。 「あ、そういえば明日、拓也と映画見てきます」 「……へえ」  思い出して言うと、わかりやすい反応が返ってくる。でもそれ以上は言わない。まあ、千秋には千秋の付き合いがあるので当然だが。 「とりあえず、今はご飯です。お腹すきました」 「まあ、今、はそうだな。でも朝、家でいっぱいするって言ったもんな?」  ん?今、を強調しているのも気になったが、後半はもっと聞き過ごせなかった。言ってないぞ、そんなこと。 「それは勝手に柳瀬さんが……」 「よしよし、たくさん食べてたくさんしよう」 「なっ……!」  不機嫌そうな顔から一転、横に立ってニコニコと千秋の指示を煽る英司。とっさに卵を出してくれるよう頼むと、素直に冷蔵庫に取りに行く。  どんどん話が流れていき、聞き返せなくなった。  ……たくさんしようって、あ、なに、夜のこと…?それともからかっただけ?というか、そもそも俺そんなこと言ってないし。  もしかして、俺が拓也と遊びに行くから、それのせいか?怒ってるのか?  英司の「たくさん」に千秋がついていけるわけがない。だって、いつもぐらいでも……。ピンクの回想がぽわぽわと浮かび上がりかけて、強制終了する。  やめやめ、飯前になに考えてるんだ! 「卵、何個?」 「……1個」  結局、真の意味がわからなくてご飯の後が恐ろしいけど、最終的にまた柳瀬さんの思い通りになってしまいそうだ。千秋は早々に悟った。
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