⒈ 隣人を回避せよ

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⒈ 隣人を回避せよ

 高梨千秋(たかなしちあき)はついさっき、人生で初めての三度見をした。  落ち着け、落ち着け。絶対見間違いだ。三回も見てしまったけど、あれは完全に別人だ。 *  大学二年生になった千秋は、春休み中に実家を出て大学近くのアパートに引っ越した。  一人で住むには十分広く綺麗で、角部屋だし、家賃のわりにいい部屋を見つけることができたと満足している。日当たりもいいしな。  千秋は引っ越し早々、隣の部屋の住人に挨拶をしようと手土産を片手に部屋に尋ねたが、あいにく隣人はそのとき不在だったのだ。挨拶はできず、なんなら未だ顔を合わせたことがない。  今度会った時にすればいい。真夜中に小さく扉の閉まる音が聞こえたから、帰ってきてはいるが忙しい人なのだろう。  それから引っ越し後一ヶ月にして、ようやくその機会はやってきた。  日曜、珍しく昼頃に隣から扉の閉じる音がして、外の廊下を歩く足音が聞こえてくる。ちょうどバイトに出かけるところだった千秋は、挨拶するなら今だと急ぎ目に玄関を出た。  出て左を見ると、隣人らしき男はエレベーターの方へと向かう途中らしく、その後ろ姿は通路の曲がり角を曲がるところであった。  そういえば、隣人が男か女かも知らなかった。それにあれは大学生くらいだろうか。なんとなく若い社会人だと思っていたから意外だ。  少し早足で、ついに見えなくなってしまったその姿を追いかける。  そして、自分もエレベーターに乗ろうとその角を曲がりかけた、その時。  先に目に入った引っ越して初めて見るその顔に、千秋の体は考えるよりも先に硬直してしまった。  ──そして、冒頭に戻る。
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