俺の仕事どこいったぁぁ!?

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俺は怒っている。 なんだか分からんがクビになりそうだからだ。 会社が希望退職者を(つの)ってから(わず)か一週間での出来事だ。 ここ数年収益減の綱渡り経営が続いていたが、昨今の新型ウィルスの蔓延がとどめを刺した形だ。 政府の出す雀の涙ほどの助成金では焼け石に水だった。 「会社存続を最優先事項として、今回希望退職制度導入に踏み切りました」 会社側の説明会では特に経営陣からの謝罪も無く、退職に伴う優遇措置の話のみに終始した。 募集対象は年齢・性別問わず社員全員。 勤続年数に応じた退職金にその三割増しの付加金が付く。 『会社として最善の譲歩』と言えば聞こえはいいが、収入源を失う社員の側に立った対応とはどうしても思えない。 ローンを抱えた者、子供の学費が必要な者、持病を抱え通院を余儀なくされている者など、金銭的弱者は決して少なく無い。 どう考えているのだろう…… 再就職先が見つかるまでは当然雇用保険で食い繋ぐしかない訳だが、健康保険や税金を支払うと残るのは食えるか食えないかの僅かなものだ。 ローンは? 学費は? 医者代は? さてどうする…… 退職希望者への対応については各部門の部門長に全権が委任されている。 だが希望する者をただ待っている訳ではない。 自部署の社員全員と面談を行い、辞めさせる者・残す者の振り分けを行うのだ。 当然部門によってそのやり方にはバラツキが出る。 ある部門は外勤者は残し内勤者は辞めさせる―― ある部門は若い者は残し定年間近の者は辞めさせる―― 中には部門長のお気に入りかどうかで振り分けられたところもあると聞く。 要はその方針には何の基準も一貫性も無いという事だ。 辞めさせたい者に対しては、首を縦に振るまで何度でも個別面談が繰り返される。 すでに面談回数が二桁に達するツワモノもいるらしい。 先述した金銭的弱者においては、皆なんとか残留せんと泣き落とし戦術を駆使しているようだ。 「先月母親が認知症の診断を受けまして、今辞めたら介護費用が……」 深刻な顔で激白する社員に、気の毒に思うが気持ちは変わらないと返す部門長。 二日後その社員は、今度は妻が原因不明の病に(かか)ったと臆面もなく語ったそうだ。 見捨てないでと泣きながら部門長の(すそ)にしがみ付いた(やから)もいたらしい。 こうなると最早(もはや)時代劇のワンシーンである。 客観的に見ると笑い話だが、それだけ必死なんだと思うとほんの少し切なくなる。 なんでこんな事になったのだろう…… すべて新型ウィルスのせいなのか…… 「あれさえ無かったらなあ」 他部門の比較的仲の良い部門長がそう吐き捨てる。 ウィルスが蔓延さえしなければ、希望退職制度も無かったのにという意味なのだろう。 だが本当にそうなのだろうか…… 蔓延初期の『マスクと手洗い』が流行語大賞を獲れるほど流行った時期でも、会社は呑気(のんき)なものだった。 着用や励行厳守の指示を出す訳でも無く、一切社員任せ。 清掃員を雇う金惜しさに掃除は社員による当番制。 勿論、まともにする奴など一人もいない。 自分のデスクの天板だけ撫でて「はい、終了」と頷く奴。 食堂を見渡して「汚れてないじゃん」と即完了宣言する奴。 トイレに入った途端「俺アレルギーだから」と意味の分からん拒否をする奴。 これじゃウィルスも繁殖するわな。 ここら辺の管理の甘さは仕事にも出ている。 社有車で顧客訪問した後、毎日のようにその車で帰宅する奴。 会議室を予約し、一人で(こも)ってネットサーフィンに興じる奴。 プリンター出力する書類を毎回必ず三回以上失敗する奴。 何枚も厚着をしながら冷房をつける奴。 昼休み五分前に食堂前のトイレで待機する奴。 ちなみにこいつは終業五分前にも更衣室横のトイレで待機している。 数え上げれば枚挙にいとまがない。 蔓延させてしまった原因の一端は、こういった意識の低さにあるのではないのか。 きちんとしたルールを作ろうとしない、教育もしない会社―― 自己中心で隙あらばサボろうとする社員―― 何故もっと仕事を大事にしないのだろう。 俺は会社に食わせてもらっていると思った事は無い。 だがウィンウィンの関係でいたいとは思っている。 頑張ればその分胸を張って見返りを要求する。 何もしなければ貰えなくて当然だと(あきら)める。 格好つけるなと文句を言われるかもしれないが そんな関係になれるよう努力はしたいと思っている。 会社で仕事をしている限りは……だ。 今から俺は二回目の面談に入る。 気持ちはもう固まっていた。 ポケットには知り合いの医者に頼み込んで書いてもらった診断書が入っている。 今回は残留を要望するつもりだ。 いい格好する気など毛頭ない。 誰が素直に辞めてなどやるものか! 仕事を大事に思っているのは会社だけではないのだ。 守るぞ! 俺のしごと!
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