10人が本棚に入れています
本棚に追加
再会
僕はマンションの駐輪場で壁に寄りかかり、乱れた息を整えていました。
「大希くん、涼泉大希くん。こっちこっち」
スマホの画面を閉じて、慌てて左右を見渡します。駐輪場は照明が天井の間引かれた蛍光灯だけで薄暗く、その日の雲ひとつない屋外の、皮膚に焼きつく明るさとは対照的でした。気がつけば正面の壁に盗難防止のポスターが貼られていて、男性と思われる横顔のシルエットが描かれています。お前のことを見ているぞ! と言わんばかりに見開かれた左目が、僕の動きを常に追っているようです。
「そのとおり、ぼくだよ。久しぶりだね」
黒塗りの横顔は右を向いていました。白抜きで描き出されたアーモンド型の左目がウィンクをしたので、僕は何回も瞬きをしました。あり得ないものを見てしまったせいで、後でかかりつけの心療内科に予約の電話をしなければいけない、そんな考えが頭に浮かんできます。
「そんなに驚かなくても、いいじゃないか」
描かれたシルエットはポスターの中で顔の向きを変え、正面をこちらに向けました。僕を真っ直ぐ、両目で見ています。
「絵が、生きてる?」
「絵じゃないよ、ほら」
シルエットはするっと壁のポスターから抜け出て、僕の前に立ちました。僕と同じくらいの背格好で、年恰好も同じくらいの青年です。ただ顔全体が黒煙で覆われているかのように、輪郭や細部はぼやけていました。白目だけがくっきりと闇の中に浮かんでいて、目元の表情なども全く分かりません。
「影絵のふりをしていただけさ」
「誰? 暗くてよく、分からない」
「大希くん、ぼくのこと忘れちゃったみたいだね」
僕は、「そうかもしれない」と、調子よく嘘をつきました。考えてみれば僕は人の顔をまともに見ることが出来ず、ましてや覚えることなんて大の苦手なので、顔見知りなんていないのです。それに知り合いのふりをして馴れ馴れしく話しかけてくる相手は、たいてい僕を騙すつもりなので、ふつうに警戒していました。
「あまり時間がないんだ。説明とかめんどくさいからさ、ここは一発でバシッと思い出してくれよ」
影を纏った男は右手を伸ばし、手のひらで僕の両目を覆いました。僕は視界を塞ぐ手を払おうとしたのですが、彼の手に触れることは出来ませんでした。僕の意識は重力に引かれるように、足元の影の中に落ちていったからです。
最初のコメントを投稿しよう!