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影くん
目を開くと、そこは暗がりでした。まだ陽が高いということは、閉じられた雨戸の隙間から差す、糸のように細い光線の強さで分かります。寝そべっていた床は板敷きで、どうやら僕は知らぬうちに部屋で眠ってしまっていたようでした。
「遅よう、大希くん。そんなところで寝ていると、体がカチコチになっちゃうよ」
僕に声をかけてきたのは「影くん」でした。物心つく前からの友達で、いつも勝手に僕の家に上がってきて、一緒におやつを食べたり、手遊びをしたり、話をしたりして過ごしているのです。
「朝ごはんを食べそこねちゃったな。学校もまた遅刻だ」
体を起こした僕は、今日の給食は何だろうと、寝ぼけた頭の中に思い描きました。
「なに言ってるのさ。学校はもうとっくに授業もそうじも終わってるよ」
「そうか。給食、何だったの?」
「ブルーベリーコッペにホワイトシチュー、ツナサラダだっけかな」
「好きなやつだ。ああ、食べたかったなあ」
僕がトレイの上に乗った給食を思い描くと、腹が音を立てて鳴りました。影くんが暗がりでも目立つぱっちりとした目で僕を見つめています。空腹のせいで、胃に絞られるような痛みが生まれました。
「だいじょうぶ? 大希くん」
僕は、「平気」と答えて、げんこつを腹に押し当てました。いつもそうなのですが、みぞおちのあたりを突き上げるようにすると、空腹感が和らいでいくのです。
「無理することないのに。お腹が空いたのならさ、『お腹へった』って言わなきゃ」
影くんはどこに隠し持っていたのか、がさがさと音のするビニール袋を僕のひざに置きました。空腹で鋭くなった僕の鼻を、こんがり焼けたパンの匂いがくすぐります。僕はもう、がまんが出来ずに手を伸ばし、袋を破いてクリームパンにかじりつきました。
「ゆっくり食べないと。飲み物は持って来れなかったからね」
カスタードクリームと生クリームの甘みが、ほっぺたから全身に染み渡っていくようでした。影くんはあらかじめ知っているかのように、僕がいちばん欲しいものを持ってきてくれます。誰にも見つからずに忍び込んできて、僕と一時を過ごし、家の人の気配がすると風のように去っていくのでした。
「いつも思うんだけど……」
「大希くんのママは今、スパでホットヨガやってるからね」
影くんは先回りして、質問に答えました。
「だからこの家には大希くんしかいないんだ」
「でもほら、あいつがいるでしょ」
「ワルモノのことかい?」
僕は部屋の入り口をちらりと見て、隙間が生じていないことを確かめてから、こくりとうなずきました。
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