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ワルモノ
僕は3年生になると、影くんとどこでどう知り合ったのか思い出せなくなっていました。思い切って本人に聞いてみると、影くんは暗がりの中でそこだけ白いアーモンド型の目を見開いて、それから何回も瞬きをしました。
「いつ友達になったかなんて、そんなことふつう、友達に聞かないよ」
僕があわてて謝ると、影くんは「ちがうちがう」と手を振りました。
「驚いただけだから。怒ってないよ」
「ごめん。でも僕、ふつうじゃないことしちゃったから」
影くんは右の手のひらで目を擦りながら考え事をしていましたが、そのままべろんとあごの先まで撫で下ろして口を開きました。
「大希くん、ぼくは怒ってなんかない。いいかい、『ふつうじゃない』からって怒り出すのは、大希くんのママだ……」
「でも、ママは僕にちゃんとした人間になって欲しいから。だから……」
「ママは怒りん坊さんだから、怒ってるだけさ」
「そんなことない。パパの方が怒りっぽいよ」
「大希、ちょっとはぼくの言うことも聞いてくれないかな」
近頃では二人で隠れんぼや手遊び、探検ごっこをする回数が減っています。代わりに僕達は一緒に4コマ漫画を作ったり、その日あった出来事を話し合ったりするようになっていました。たいていは僕が聞き役でした。影くんは本当にたくさんのことを見聞きして、いろんな考えを持っていたからです。
「パパが怒鳴るのは、ママが怒っているからだ。大希がママを苛立たせたことに対して、腹を立てているんだ。それで、こっからが大事なんだけど、ママが怒りん坊なのは、ワルモノのせいだ。覚えているかい? あいつが家に来た時のこと」
僕は素直に首を横に振りました。僕は物覚えが悪いのです。
「覚えてるだろ? 保育園から帰って来て、ママがぷりぷりとしていた日のことだよ。大希が、『こわいのがきた!』と言って泣いてたの、ぼくは忘れてないよ」
僕の目は床に置かれた漢字練習帳に落ちました。後で、影くんが帰ってから宿題の12ページまで終わらせておかないと、明日は学校に行かせてもらえないでしょう。
「なんで今、宿題のこと思い出したか分かる? ぼくの話がきっかけになったからさ。ワルモノが現れた日にママが怒っていたのは、大希くんが自分の名前を書けなかったからだよ。保育園のお友達はみんな書けたのにね」
僕は何と答えていいか分かりませんでした。このごろの影くんは、僕を困らせるようなことをよく言うのです。胸の奥がぐるぐる回転しました。
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