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ワンバン野球
買い出し商品の中にはゴムだけで出来た柔らかいテニスボールもある。
仕入れて暫くは問題ないが、日増しに中の空気が抜け、萎(しぼ)んでくる。
そのボール内側には臍が有り、その萎んだボールの空気入れも私の仕事である。というか、そのボールを待っているクラスの友達が居る。
「おぅ板倉、ボール持って来たか?」
「おぅ、空気キンキンにして来たで! これやったらよう飛ぶで!」
休み時間に結構な数の友達が集まっては、ワンバン野球をする。
右利きの私の場合で説明すると・・腰をかがめ地面から数十cmのところで左手に持ったボールを離す。一度地面に落ちたボールはワンバウンドして跳ね上がってくる。
そのボールを利き手に握った拳で地面に向かって叩きつけるのである。
お陰で授業中は一人廊下に立たされるこのと多い私も、休み時間はクラスの人気者だった。
・・・・・・
年の暮れのこと、母に使いを頼まれた私は商店街の化粧品店を訪れた。
「いや~、フウちゃんやないの、お使い? 偉いね~」
「叔母ちゃん、いつものクリーム下さい」
とても冷たい風が舞う夜だった。私のあかぎれの手に母が塗ってくれるハンドクリームを買いにやらされた時の事だ。
「フウちゃん偉いさかい、オマケしとくね」
空になった瓶を持参すると、叔母ちゃんが瓶一杯にクリームを詰めてくれる。今では滅多に見られない量り売り商法だ。
その帰り道だった。商店街のスピーカーから『みおつくしの鐘』が鳴り始めた。
夜10時のお知らせで『良い子は眠りについてください』の合図でも有る。
だが、この鐘のメロディーと共になぜかしら私の目に涙が込み上げて来た、そして溢れそうになった。
私はあかぎれた手で涙を拭った。頬が痛い。
冷たい風が涙を誘ったのだろうか? 鐘の音に哀愁を感じたのか・・それとも子供心に我が身の不憫が涙となったのだろうか、いつまでも止まらなかった、今でもその原因は自分でも分からない。
「どないしたんや? お店の人に嫌味でも言われたんか? お母ちゃんが怒りに行ったるから、ホンマのこと言うてみ!」
「誰にも泣かされてへんねんて!・・」
「それやったら何で?・・なんで泣くんや?」
「分からんけど、悲しいねん!・・僕にも何でか分からんへんねや!・・」
そう言って今度は声を大きく張り上げ泣き叫ぶ小さな私の顔を、冷たく冷え切ったお袋のエプロンの中に包み込んだかと思うと、私を力いっぱい抱きしめてくれた。
「ごめんな、お母ちゃんが悪いんや! ゴメンな・・」
と、何度も、何度も、そしていつまでも、お袋も一緒に泣いてくれた。
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