子どもの頃の友達

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 僕はいつになったら満たされるのだろう。  この張り付いた笑顔もしんどくなってきたな。  空気を読むことに疲れたな。  なにがしたいのか分からなくなった。  なにもしたくなかったのかもしれない。  なにもしなくて済むように、無難に立ち回っていた。  だけど無理があった。その皺寄せが今来てるのだと思った。  容赦のない陽射しと、止めどない人の流れに具合が悪くなり僕は近くのコンビニに入った。中は冷房が効いていて、生き返るような気持ちになる。  サイダーを一本手に取り、さらにスイーツコーナーに進んだ。最近、甘いものを食べていなかった。昔はもっと好きだった気がしたけど、いつの間にか食べなくなった。感情が平坦化していくにつれて、甘いものも取らなくなっていった。  誰とも交わらないなんて、不可能だった。 ぜったいなにかしら人とは関わらなくてはならない。 生きていく上で欠かせないのは人間関係だったのだ。 それを気づかず僕はいつしか人を見下すようになった。その時僕は、人間はなんで馬鹿なんだろうもいつも考えていた。ずっとひとり。ひたすら内なる世界に入り込んで、他を一切引きつけない拒絶を示した。 「おじさんそのマカロン美味しいよ」  突然、だれかに声をかけられる。  横を見ると子どもが立っていた。 「僕の友だちが作ってくれるマカロンに味がそっくりで、とびきり美味しいからぜひ買ってみてね」  そういえば昔、僕も誰かにマカロンを作ってもらっていたような気がした。いつもシェフの格好をした友だち。自分勝手に周りの人たちを遠ざけていた時にいた数少ない友人だった。いつもなにかしらお菓子を作ってくれていて、その中でも特に美味しかったのがマカロンだった。 「そんなに言うなら買ってみようかな」 「うん! ぜったい損しないから」  子どもの言う通りマカロンを買って外のベンチでさっそく食べた。ほんのりと甘く、メレンゲには細かく刻んだ柚子のピューレが入っていて、真夏に時々吹く涼風のような風味が口に広がった。それは確かに昔食べた味にそっくりだった。 「ね、ほんとに美味しかったでしょ?」  いつの間にか子どもは横に座っていて、僕と同じマカロンを食べていた。 「ああ、とびきり美味しかったよ」  よかった、と少年は年相応らしい笑顔になる。 「おじさん、なんか疲れてる?」  少年は無邪気にそう尋ねてきた。 「確かに、疲れてるかもしれないな。だけど、今に始まったことじゃあないんだと思う。ずっと昔から、僕は疲れていたのかもしれないな」  子ども相手にこんな話しをするものではないけど、僕はずっと誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。 「疲れてるときは甘いものを食べたらいいよ。僕の友だちも疲れた時はよく甘いものに限るって言ってた」 「はは、そうかもね。マカロン食べたら少し元気が出たよ。そういえば、学校は?」  今日は平日なはずだ。長期休みという時期でもないし、子どもがひとり平日の昼間にうろついてるのは少し変だった。なにか事情があるかもしれない。 「学校は休んだよ。だって、あいつらといると馬鹿がうつるんだもん。ひとりの方がぜったいいい。気を遣わなくて済むしね」  僕は驚いた。僕がかつて感じていたことを少年も同じように思っていたからだ。  もし僕がいい大人なら、そんなことはないと人との絆について雄弁に語れたのだろう。たが僕は諦めた人間だった。そのせいでいま苦しんでいる。  何度も、そう何度も。  僕は後悔している。  具体的なことはない。  難しいことでもない。  だけど取り返しのつかない。  自分と他人の違いに気がつき、その時に拒絶するのではなく、認めて受け入れていれば今の自分はもっと違ったものになっていたのかもしれない。  僕は自然と少年に向かって訴えた。 「それじゃあだめだ。ひとりがいいなんてことは、あってはならないことなんだ。どんなに腹立たしくても、どんなに理解し難くても、歩み寄ることが大事なんだ。それでもだめなら、そのときは仕方ない。仕方ないことなんてこの人生腐るほどある、そうやって割り切るしかない。だけど、すべて拒絶するよりは全然マシだ。だから少年、僕からお願いだ。人のことを嫌いにならないでくれ」  少年はしばらく黙っていた。  よくわからないのも当然だ。たぶん僕は後悔していることを表出したかっただけなのだ。もちろん少年には僕のようになってほしくないと思うけど、今出会ったばかりの人になにを言われても響かないだろう。だけど、あの時僕に道を正してくれる人がいたら、この未来も変わっていたのかもしれない。自分勝手だけど、今この子に響かなくても、それでもふとした時に僕の言葉を思い出して、思い直してくれたらいいなと僕は思った。 「他人と関わるとロクなことないよ?」 「それでもだ」 「自分が馬鹿になるんだよ?」 「それは違う。いろんな人がいる。君のように頭がいい奴も、勉強が不向きな奴も。だけど、それだけだ。それは拒絶する理由にはならない。人のいいところを探すんだ」 「裏切られるかもしれない」 「自分が裏切るよりいいさ」 「自分が裏切られるぶんにはいい、そういう考えが馬鹿だって言ってるんだよ」 「それでもだ。それなら馬鹿のほうがいい。愚かでもいい。お人好しでもいい。ひとりは、辛いから」
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