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2 鳥篭の中へ
「ほぅほぅ、では鷲子さんの御父上は陸軍大佐でいらっしゃるんですねぇ」
窓辺で花の腿に頭を乗せて、伊鈴は悠々自適、耳かきの奉仕を受けている。
正座している鷲子の脇の旅行鞄を持ち上げ茶室を出ようとしたら、目を閉じたままのはずの伊鈴に名前を呼ばれた。
「弦瑠さん。早速〈騎士〉のお勤めとは、感心感心」
「うちの伊鈴さんは、この為体です」
花は寮に戻ってすぐ、髪を解き着物に着替えている。
夫婦の乳繰り合いを見ている気分だ。
「2階の奥の洋室です。寝台ですよ。花形の特権」
「どうも」
鷲子が慌てた顔で私を見あげる。
ところが3人とも上級生で伊鈴が話し続けるため、中座できないようだ。私は鷲子を置いて、2階にあがった。
金糸雀倶楽部には特別寮が与えられ、共同生活を送る。
女学生を住まわせるには勿体ないほどの、優美な洋館だった。
1階は半分が洋風の居間で、ピアノが置いてあり『朝八時ヨリ夜七時迄』とすぐ傍の壁に注意書きが貼られている。
居間は食堂も兼ね、ふたつの丸い席上には常に紗の織物が敷かれて、中央西洋風の花瓶には花が活けられていていい雰囲気だ。
この居間の脇に、茶室がある。趣旨とは違い、主に寛ぐ目的で使われているようだった。
残り半分が、納屋と風呂と雪隠。洗濯は庭だ。
階段を上がった正面に広い踊り場があり、本棚と椅子が置かれ、日中なら格子窓から暖かな陽が入るようだが今は寒い。この階段を挟んで、右が3間続きの和室、左が洋室。洋室の扉も同じく3つあり、奥という事なのでそちらに荷物を入れた。
私は〈歌姫〉と1年同室という事になる。
間を空け、もうひとつの洋室が前年の花形、花と伊鈴の部屋だ。
和室からは団員の和気藹々としたお喋りが洩れていた。
新しい面子が歓迎を受けているようだ。
5年の桂本響瑚、登嶋沙由李、国分睦子、それから3年の江舟風子が持ち越しの団員で、ほかに炊事係として5年の松原美登利が同居している。
和室に顔を出した。
「まあ! 王子様よ!」
風子が腰をあげ駆け寄ってくる。
そして、遠慮なく抱きついた。
「こら、ふうちゃん。先にご挨拶なさいよ」
そう言って口に手をあてて笑っているのが今年団長を務める睦子だ。
「お座りになって。いろいろお話を聞かせて頂戴よ」
美登利が畳を叩く。炊事係が板について、既に一家の母たる風情だ。
響瑚は断髪男装で胡坐をかいている。
「美登利とは懇意にしたほうがいい。そうすると、好物がよく並ぶから」
「響瑚さんは芋の煮っ転がしがお好きなの。でも、沙由李さんが得意でなくて」
沙由李は見るからに食が細そうで、全体的に色素が薄い。それもそのはずで、母親が英国人なのだそうだ。口数が少ないものの、話す人物を目で追って楽しそうに笑っている。
「たまにはこちらにいらしてください。通して雑魚寝ですって。楽しそうじゃありませんこと?」
学級で親しくなっていた、同じく新入りの万千に誘われる。
たしかに、三間通せば洋室の4人を加えても就寝できそうだ。
「たった1年しかないのだもの、皆さん、本当の姉妹のように仲良くしてくださいね」
5年の玉枝は念願かなっての入団とあり、鼻息が荒い。
ひとり伽怜だけは居心地の悪そうな顔で爪を弄っている。気位が高そうで、大部屋に不満があるようだ。団欒から離れて座っている事からもその嫌悪が窺えた。
「よろしく。お世話になります」
ともあれ、新しい金糸雀たちは鳥篭に収まったのだった。
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