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5 やよ様としげ様
「初代〈歌姫〉のやよ様と、初代〈騎士〉のしげ様は愛しあっていたの。美しい、清らかな愛よ」
朝食は新入り団員への、悲恋伝授の時間となった。
「やよ様は永田財閥のお嬢様で、しげ様は資産家と言っても山をいくつか所有する田舎地主の末っ子。ひとつ上のやよ様には許嫁の方がいらっしゃって、卒業後すぐに結婚されたのだけれど、そのときにしげ様に贈られたのがあの仏蘭西人形なの」
「宝石の称号も、やよ様が始められたのよ」
「残されたしげ様は、やよ様がご結婚なされた事でおかしくなってしまって、食事も喉を通らなくなり、痩せ細り、眠るように亡くなったそうよ」
「ここで……ですか?」
私は冷静に問いかけた。
「まさか」
美登利も冷静に首を振る。
「お身体が優れなくなれば、合唱どころではないでしょう。すぐにお家に帰られたと聞くわ」
花が尤もそうに頷きながら補足した。
隣に、若干興味がなさそうな顔で黙々と朝食を頬張る伊鈴がいた。
「しげ様が亡くなられて、お人形と称号の《金剛石》を返すように言われたのだけれど、しげ様を偲んだご家族の方がお願いして、この金糸雀の館で記念として保管するのであればという条件付きで返却を免れたの」
「私たちは金糸雀倶楽部の歴史を守るとともに、やよ様としげ様の悲しい恋をお守りしているの」
「説明が遅れてしまったのは私たちも悪いけれど、そういう訳だから、軽はずみな気持ちであの部屋を勝手に触ったりしないで頂戴」
睦子だけはいつまでも怒っている。
飽きたのか、伊鈴が空いた食器を重ねて席を立った。
「伊鈴さん。ご馳走様はみんなでする決りでしょう」
「私それ好きになれません。やよ様は駆け落ちせず結婚されたのだから、しげ様を棄てたわけですねぇ。そんな逸話なしに私たちは楽しくやったらいいではないですか」
「あなた……!」
伊鈴は飽きているのではなかった。彼女なりに、真剣に苛立っているのだ。
伊鈴は冷たい目をして睦子の前に湯呑をこつんと置いた。
「去年、1年間、事あるごとに〝やよ様、しげ様〟って……金糸雀倶楽部は睦子さんのお人形ごっこではありませんよ」
「な……っ」
「もし、今年、同じように弦瑠さんを縛り付けようとしたら、戦いますよ。調子に乗り過ぎというものです。させません。……花ちゃん泣かせた事、許してませんからね」
上級の睦子にあれだけ強く出られるのが、花形の特権なのだ。
伊鈴は湯呑を残して食器を洗い始めた。
「ごめんなさい。あの人には私から言っておきます」
花は大人びた表情で睦子に詫びる。
呻ったのは響瑚だった。
「まあ、ふたりとも頑固者だからなぁ」
「そうよ。どちらも其々の務めを実直に果たしているのだから、もう少し互いを認め合えばいいだけじゃない」
美登利が受け合う。
風子が元気よく味噌汁を掻きこんで噎せたので、ふたりの気は睦子から風子に移った。
「ふうちゃん!」
「莫迦、風子!」
莫迦と言いつつ、響瑚は慣れた様子で風子の背を叩き、口を拭いてやっていた。
私は、隣で黙りこくってほとんど食べてもいない鷲子の面倒を、あれほど甲斐甲斐しくは見てやれないだろうというような事を考えながら、金糸雀たちの顔を順に眺めていた。
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