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7 屈辱の報いを
怯える鷲子を伴って向かうと、既に伊鈴と花、そして響瑚が室内にいて、寝台の脇で座り込み震えている睦子を囲んでいた。
「しっ、しげ様のお人形が……ッ!」
睦子の震える指先は、枕元に座る仏蘭西人形を示している。
左目を繰り抜き永田やよの《血玉》を嵌め込んだ、涛しげの人形。睦子が朝のうちに気づかなかったのは、宝石箱に気をとられていたからだろう。
戸口で中を覗き込んでいた私の脇を、玉枝がすり抜けていく。
「睦子さん、今度はどうなさったの?」
玉枝を迎えたのは緊張した響瑚の眼差しだった。
「しげ様の呪いよ!」
睦子が叫ぶ。
「弦瑠さんがやよ様としげ様の思い出を穢したから、……あの人のせいよ!」
「睦子」
響瑚が苛立ちも顕わに窘める。私が戸口に立っているのが見えているからだ。
背後で鷲子が震え始めた。
雨戸を締め切った寮全体は、灯りのみが照らす、夜よりも深い闇の底にあった。
下階から美登利の問い質す声が届く。
駆けあがってきた沙由李が戸口の反対側について、中を覗き込んだ。そして奇妙な一言を、鷲子に囁いた。
「弦瑠さんは、お部屋に?」
「……」
私は目の前にいる。
鷲子は答えられずに沙由李を見つめた。沙由李はそれをいいように受けとり、神妙な面持ちで頷いている。
「睦子さんが落ち着くまで、なるべく顔を合わせないほうがいいわね。弦瑠さんのせいだなんて、誰も思っていないでしょうけれど……」
その言葉を受け、初めて鷲子が積極的な行動に出た。
こちらを見ずに私の腕を掴んで、力強く揺さぶったのだ。
「ええ、ここにいる」
私は答えた。
私は村八分のような状況にあるのだろうか。
それにしては、綺麗な夕焼け空を前にして雷雨かのようなふりを全員でするというのは、手が込み過ぎている。
まるで、違う場所の、其々違う次元にいるかのような……
「きゃっ」
中で花が肩を竦めた。
つまり、彼女たちにとっては雷が鳴ったのだ。
「きゃあああぁぁッ!」
闇をつんざく悲鳴が、階段から迸った。
私も、鷲子も沙由李も振り向く。
沙由李が口を覆って座り込み、鷲子は首を傾げた。
階段の口で、手すりにつかまって悲鳴をあげ続けている万千の見開いた目の先には、無人の椅子がある。雨戸を閉めたせいでかなりの暗がりになっているそこに、なにかがあるらしい。
部屋から最初に飛び出したのは伊鈴で、無人の椅子を見た一歩目で崩れ落ち、床に膝をついた。
「あ、あ、あ……!」
万千の悲鳴はもう言葉にもならない。
「いっちゃん、なに?」
花が出てきて、異様な空気に息を呑み、伊鈴の肩に手を置いた。それから伊鈴と万千の視線の先に目を向け、すとんと失神した。咄嗟に手が出たものの、続いて出てきた響瑚が花を抱きとめた。
「ちょっと。みんなでどうしたの?」
美登利が落ち着いた声で問いかけながら階段を上がってくる。
「駄目だ!」
響瑚が声を荒げた。
「来るな……風子も来るな!」
私の位置からはもう美登利の頭が見えていて、響瑚の制止に一旦はふり返り、後ろにいるらしい風子に優しく伝えるのが聞こえた。
「ふうちゃんは、ここにいて」
響瑚が花を床に横たえ、無人の椅子に突進していく。
「なんという事だ……!」
なんだと言うのだ。
私にはただの無人の椅子にしか見えない。
そして、ふらりと、睦子が部屋から出てきた。
「呪いよ……っ、報いを受けたんだわ!」
響瑚が椅子にいるらしいだれかに、呼びかけた。
「弦瑠……どうして、こんな……」
この時から、私はどうやら死んだらしかった。
その後のやり取りを見るに、あの仏蘭西人形さながら左目を繰りぬかれて絶命しているらしい。
騒然となる中で、鷲子が弾かれたように私に縋りついた。そして必死の眼差しで見あげてくると、人差し指を唇に立てて私を部屋に押し込んだ。
直後。
美登利の悲鳴が、扉の向こうから、はっきりと聞こえた。
「……?」
おかしい。
こんなはずじゃなかった。
(【柘榴石ノ章】-秘匿- 終/次 【珊瑚ノ章】)
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