とわのゆりかご

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お茶会はとても楽しかった。撫子(なでしこ)ちゃんの話し方が「おちゃ」「とけい」「くろてっと」など、たどたどしい単語だけなのが少し気になったけど、(あきら)さんと佐智子(さちこ)さんと目が合うと、ふたりは幸せそうに 「撫子(なでしこ)は私たちのところに舞い降りた天使なの」 と教えてくれた。 『娘』と言ったり『天使』と言ったり、私にはよくわからなかったけど、それでもふたりは私の話をちゃんと聞いてくれて、お館の二階にあるピアノ室に案内してくれたり、三階にある絵画や彫刻を見せてくれたりと、まだ子供の私を一人前のレディとして扱ってくれた。 絵画の中の天使は撫子(なでしこ)ちゃんそっくりの笑顔で、だから撫子(なでしこ)ちゃんは『天使』なんだと、私は自然に納得した。 三階の部屋を出て、さらに上の階へと向かおうとすると、(あきら)さんが私の肩をそっと押し留めて、 「この先は『天使』の部屋だから、時が来るまで披露することはできないんだ」 そうか。撫子(なでしこ)ちゃんの部屋なのか。 そうしたら、彼女が誘ってくれるまで入ってはいけないだろう。 私は(あきら)さんに頭を下げる。 「ごめんなさい。楽しくて、他のお部屋も見たくなっちゃって」 (あきら)さんは柔和な笑みをたたえたまま首を振った。 彼の斜め後ろで私を見つめる佐智子(さちこ)さんも、撫子(なでしこ)ちゃんと手を繋いて微笑みながら黙って頷いている。 そのとき時計台の鐘が五回鳴るのが聞こえて、ハッとした。 楽しすぎて時間が過ぎるのも忘れていた。 「ママが心配しているかもしれないからそろそろ帰ります」 階下に戻る踊り場でふたりにそう告げると、佐智子(さちこ)さんも 「あら」 と声をあげた。 「楽しい時間はあっという間ね。こんな時間まで引き留めてしまってごめんなさいね。また是非遊びにいらして?」 「はい。来週、またお稽古があるから、終わったら来てもいいですか?」 玄関で靴を履いて、(あきら)さんと佐智子(さちこ)さんに尋ねる。 ふたりの間には撫子(なでしこ)ちゃんが天使の笑顔で私を見ていた。 「勿論よ。来週もお待ちしているわ」 「歓迎するよ。気をつけて帰るんだよ」 「ありがとうございます」 お辞儀をして玄関の扉を開けると、佐智子(さちこ)さんも私に続いて外の門まで見送りにきてくれた。 門をくぐる前に、今一度振り返って佐智子(さちこ)さんを見た。 「えっと、撫子(なでしこ)ちゃんとあまりお話できなくてごめんなさい…」 ずっと気にかかっていたことを口にすると、佐智子(さちこ)さんは穏やかな笑みを浮かべた。 「あの子は天使だから大丈夫よ。でも、できればでいいのだけど、夏音さんが撫子(なでしこ)と仲良くしてくれたら嬉しいわ」 佐智子(さちこ)さんの言葉に、私は姿勢を正した。 「はい! 来週は撫子(なでしこ)ちゃんともっとお話したいです」 宣誓するように決意しながら、私はお館を後にした。
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