7人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
お茶会はとても楽しかった。撫子ちゃんの話し方が「おちゃ」「とけい」「くろてっと」など、たどたどしい単語だけなのが少し気になったけど、顕さんと佐智子さんと目が合うと、ふたりは幸せそうに
「撫子は私たちのところに舞い降りた天使なの」
と教えてくれた。
『娘』と言ったり『天使』と言ったり、私にはよくわからなかったけど、それでもふたりは私の話をちゃんと聞いてくれて、お館の二階にあるピアノ室に案内してくれたり、三階にある絵画や彫刻を見せてくれたりと、まだ子供の私を一人前のレディとして扱ってくれた。
絵画の中の天使は撫子ちゃんそっくりの笑顔で、だから撫子ちゃんは『天使』なんだと、私は自然に納得した。
三階の部屋を出て、さらに上の階へと向かおうとすると、顕さんが私の肩をそっと押し留めて、
「この先は『天使』の部屋だから、時が来るまで披露することはできないんだ」
そうか。撫子ちゃんの部屋なのか。
そうしたら、彼女が誘ってくれるまで入ってはいけないだろう。
私は顕さんに頭を下げる。
「ごめんなさい。楽しくて、他のお部屋も見たくなっちゃって」
顕さんは柔和な笑みをたたえたまま首を振った。
彼の斜め後ろで私を見つめる佐智子さんも、撫子ちゃんと手を繋いて微笑みながら黙って頷いている。
そのとき時計台の鐘が五回鳴るのが聞こえて、ハッとした。
楽しすぎて時間が過ぎるのも忘れていた。
「ママが心配しているかもしれないからそろそろ帰ります」
階下に戻る踊り場でふたりにそう告げると、佐智子さんも
「あら」
と声をあげた。
「楽しい時間はあっという間ね。こんな時間まで引き留めてしまってごめんなさいね。また是非遊びにいらして?」
「はい。来週、またお稽古があるから、終わったら来てもいいですか?」
玄関で靴を履いて、顕さんと佐智子さんに尋ねる。
ふたりの間には撫子ちゃんが天使の笑顔で私を見ていた。
「勿論よ。来週もお待ちしているわ」
「歓迎するよ。気をつけて帰るんだよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をして玄関の扉を開けると、佐智子さんも私に続いて外の門まで見送りにきてくれた。
門をくぐる前に、今一度振り返って佐智子さんを見た。
「えっと、撫子ちゃんとあまりお話できなくてごめんなさい…」
ずっと気にかかっていたことを口にすると、佐智子さんは穏やかな笑みを浮かべた。
「あの子は天使だから大丈夫よ。でも、できればでいいのだけど、夏音さんが撫子と仲良くしてくれたら嬉しいわ」
佐智子さんの言葉に、私は姿勢を正した。
「はい! 来週は撫子ちゃんともっとお話したいです」
宣誓するように決意しながら、私はお館を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!