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夜の帳が世界を覆い尽くした頃、私はお館を後にした。
顕さんと佐智子さんは外の門まで見送ってくれた。
「今日は来てくれてありがとう」
顕さんの言葉に、小さく頭を振る。
ぽた、っとブレザーの襟に黒い染みが出来て、慌ててポケットからハンカチを取り出し顔を拭った。
「何も悲しいことなどないのよ」
佐智子さんが私の背中を撫でながら言う。
「天使が空に帰るのは、自然なことなのだから。むしろ今まで私たちと共に在ってくれたことが奇蹟なんだよ」
顕さんも微笑みながら私の背中を撫でてくれた。
「…それでも」
夜の静寂の中でなければ聞き取れないほど小さな声で、顕さんは続けた。
「別れはやはり、淋しいものだね」
溢れてくる涙を拭いながら何度も頷く。
『天使』だった撫子ちゃんは、もう此岸にいない。
お迎えの天使たちに連れられ彼岸へと帰っていってしまった。
顕さんも佐智子さんも、そして私も、その時がくるまでもう撫子ちゃんと会うことはできない。
それは、頭で判っていても、やっぱりとても淋しいことだった。
何度も何度も振り返りながら、私はお館を後にした。顕さんと佐智子さんは、小さくなって見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。
『天使』がいなくなったあの時計台が『ボーン』と鐘を響かせるのを遠くに聞きながら、必死に祈った。
どうか、空に帰った天使が、あの優しい老夫婦をさいごのときまで見守ってくれますように。
ふたりが悲しみに暮れないよう、ときどきは夢で逢いに来てくれますように。
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