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カツオくんは怒ってばかり。
「魚。魚。魚!」
そう言われて馬鹿にされるのがカツオ君は大嫌いだ。言われるたびにいつも地面を蹴って憂さ晴らしをしている。
どうやら今日も言われたらしい。
カツオくんが地面を蹴っているところに、私は遭遇した。
カツオくんは私に気づいて回れ右をして逃げようとした。
「待って! カツオくん!」
私はカツオくんを呼び止めた。すると、カツオくんは面倒くさそうに振り返った。
「海川さん、何?」
「今日もバカにされたの?」
「え……。海川さんには関係ないし」
「私も一応、海の仲間だから」
「は? そっちはいいよな。広い海が苗字で。こっちは名前が魚だぜ。魚! どうしようもねえよ」
「いいじゃん。カツオ。カッコいいと思うけどなあ」
「どこが?」
カツオくんはまた地面を蹴った。
私が馬鹿にした、と感じたようだ。
「そんなに自分の名前嫌い?」
私がカツオくんの表情をうかがうように訊ねた。
「嫌いじゃなくなりたいけど、無理。海川さんはいいよ、詩織って名前も普通じゃん」
「普通も困るよ。個性ないし」
「あ。そう」
「カツオって、男らしいじゃん。勝負に勝つ感じするし、《オ》って響きも雄々しいし。ナヨナヨした感じはしないしね」
「俺もそういう男だったらな……」
カツオくんはため息をついた。
カツオくんは根っからの文化部。漫画研究部員で、イラストを描いている、引きこもり系やせ型オタクの典型的体型をしていた。
「いいじゃん。いっそ漫画に描いてよ」
私はカツオくんにリクエストした。
「は?」
カツオくんの眼は点になっていた。漫画みたいに。
「きっと面白い話が書けると思うな。カツオくん自身の物語」
私の励ましに、カツオくんの心は少し動いたようであった。
「あ、思いついた……」
カツオくんがつぶやいた。
「俺のことか。あ、なるほど。面白いかもしれないな。今までの俺の怒りをぶつけてやる!」
一人でブツブツ言うカツオくんは、想像の世界へと勢いよく泳ぎ出したようであった。
「海川さん。また!」
カツオくんは、そう言って、漫研の部室の方へ駆け去って行った。
意外と私の励ましも効果あるんじゃない!?
私はちょっぴり満足した。
(おしまい)
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