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ここ数日は仕事が忙しく、また月夜花が少なくなってきた。
「おいゴンウ、月夜花を……」
「摘みに行きますよぅ、ジウ姫様」
ジウが言いきる前に、俺はジウから編みかごを手にとって言った。
「おっおう、よろしく……ってお前、言ったそばから何ぱちってんだこら」
「ほら、これだけ頂きますよぅ」
俺は、小さな袋一つ分の十分に干された月夜花の代金をジウの近くの机に置いて、俺は岩山に向かった。
「寄り道すんなよ」
ジウの声を背中で聞いて、俺は月夜花の入った袋を懐にしまって町を出た。
「竜さぁん。持ってきましたよぉ」
月夜花を摘んでから、山頂の洞窟に入った俺は、相変わらず暗い奥の方へ声をかけた。
返事はなかった。
「竜さぁん? 寝てるんですか」
暗すぎて奥にはなかなか行けない為、光の差すところまで奥に行って声をかけた。
「返事しないと、延々と歌い続けますよ? この音痴が」
返事はなかった。俺は子守唄を唄った。
「フフフッ。やはり下手だな、お前」
子守唄を歌い終わると、竜はそう言って笑った。
「返事しないからですよ。ほら、持ってきましたよこの……」
「見ただろう? 私の姿を」
俺は息を飲んだ。竜は静かに続けた。
「恐ろしいだろう? だから、こんな約束なぞした覚えがないと、しらばっくれればいいのだ。そしてそのまま約束も、私の姿と共に忘れてしまって構わなかったのだぞ?」
「そんな……」
「今からでも間に合う。さぁ、約束も私も忘れて平穏に暮らせ……いいな?」
「嫌です」
俺が即答すると、竜は黙った。俺は続けた。
「あんたが殺人竜だってことは知ってますよ。入っちまった時は、あんたに殺されるんだろうなと思ってました。けど、あんたは月夜花が欲しいとだけ言って、特に期限を設けなかった。いつでもいいから持ってきて欲しいなんて適当な約束をしたのが、綺麗な銀色の竜だったなんて……驚きましたよ。それと同時に、綺麗なあんたになら、殺されても喰われても構わないと、何となく思ったんです」
「お前……」
「あっ、やるなら昼寝中にしてくださいよ? 痛いのは好きじゃないんで」
俺が笑ってそう言うと、竜は少し震えた声で言った。
「生意気で馬鹿な青二才が。忠告はしたからな」
「ほら、これですよ。受け取ってくれますね?」
俺はそっと懐から袋を差し出した。竜は静かに手を伸ばし袋をそっと取った。鋭い爪が俺の手に当たらないよう細心の注意を払ってくれているようだった。
「本当……いい匂いだな」
「でしょう?」
「本当に、もらっていいのか?」
「あんたのために持ってきたんだ、当然でしょう」
「ありがとう。大事にする」
「気に入ってもらえて光栄です」
竜の嬉しそうな声を聞いて、嬉しくなった俺は、そっとそこに寝転がった。
「お前、何してるんだ。雨も降っていないのに、こんなところで油を売っていては叱られるのではないか?」
「寄り道をするなと言われたんです。寝るなとは言われていませんよ」
「しかし……」
「それに、雨が降るかもって俺の勘がそう言ってるんです。だから少し休みますよぅ」
俺は一つ欠伸をした。竜は呆れたように言った。
「その賢さ、別の事に使うべきではないのか?」
「こういうことに使った方が楽しいですよ。あっ、竜さん。子守唄歌ってくださいよ。俺の知らない歌でも構わないんで」
「何だと?」
「俺を音痴と言ったんだ。あんたの歌声も聞かせてください」
「……日がおちはじめたら起こすからな」
「はい」
竜はそっと唄った。俺の知らない、町でも聞いたことの無い優しい歌だった。
「おい、起きろ」
声が聞こえたと同時に、何かに肩を揺すられて目を覚ました。何か、は竜の尻尾だった。
「あれ、まだ日は高いよぅ?」
「これから暮れるだろうから、早く起きてさっさと山を降りろ」
「へいへい」
「雨は降らなかった。お前の勘は、外れたぞ」
「あれ、そうかぁ」
俺は上体を起こすと、声のする方を見た。赤い両目が俺をまっすぐ見つめていた。
「綺麗だな……本当に」
俺がそっと竜の顎辺りを触ると、竜は低く言った。
「首元には触るな。死ぬぞ、お前」
「何で?」
竜は困ったように俺に頭を寄せると続けた。
「ここに、一枚だけ色の違う鱗があるだろ?」
「あ、本当だ」
「逆鱗と言ってな、それに触れられると竜は怒り狂って触れた者を殺してしまうのだ」
「へぇ。おっかねぇんですね」
「そういうことだ。だから、死にたい時以外はそこに触れるな。まぁ、もう会うことも無いだろうがな」
「寂しいこと言わねぇでくれます?」
俺は立ち上がりながら続けた。
「また昼寝しに来ますから、今度は何が欲しいですか?」
俺が振り向いて笑って聞くと、竜は答えた。
「そんなものは無い。いいから、早く帰れ」
「分かりましたよ。じゃあ、また」
「……あぁ」
竜はどこか寂しそうに笑った。俺は足早に山を降りた。
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