三章 苺タルト

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「あら! 沙理ちゃんじゃない!」 「お久しぶりです!」  兵隊さんのように伸ばした手を額の前に持っていき敬礼する。走ってリビングから出てきた将暉も敬礼を返す。可笑しくて私も控え目に敬礼をして返す。 「沙理ちゃんは相変わらず面白いわねえ」 「それほどでもぉー」 「俺、荷物持っていく!」  母と沙理は話をしながらリビングに入っていく。将暉は私と沙理の手から奪い、大きなバッグを背に乗せるようにして持って行く。その姿が大荷物を背負った亀のようで愛しく感じた。  一通りの準備が終わったが、目が腫れたままだった。これはメイクで隠せそうにないと思い、冷凍庫から保冷剤を出してタオルで巻いて冷やしていた時だった。  沙理から『今日空いてる?』とメッセージが来た。こういう時は沙理が暇な時だ。『弟の参観に出るから実家に帰る』と送ると、『行く!』と帰ってきたのだ。  家族と沙理は仲がいいから大丈夫だろうと許可した。沙理の実家はウチの実家から歩いて十五分の所にある。実家で泊まる場所も確保できたらしい。  玄関の上がり框に腰掛けてヒールのストラップを外していると、荷物をリビングに置いた将暉が戻ってくる。 「置いてきたよ!」 「ありがとう」  将暉の頭を撫でる。サラサラで柔らかな髪はずっと触っていたくなる。撫でていた手を下ろすと満足気な顔をしている将暉と目が合う。 「朝お母さんと一緒にケーキ買ってきたんだ! お姉ちゃんの好きな苺タルトあるよ!」 「やったあ!」 「はやくいこ!」  手を引っ張られてリビングに入る。懐かしい空間に思わず周りを見回す。何も代わっていないことに安心感を覚えてダイニングに向かう。母と沙理がテーブルにケーキ用の皿を出していた。 「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」 「カ●ピスもあるよ!」  母に向かう視線を遮るようにスカートの裾を引っ張りながら私を見上げる将暉。彼の頬を撫でながら言う。 「じゃあカ●ピスで!」 「俺が準備する!」  将暉は私から離れると、食器棚から自分専用のヒーローがプリントされているコップを二つ取る。母が作業している横にコップを置いて、冷蔵庫から取り出したジュースを不慣れながらも一生懸命入れてくれていた。 「ケーキ多めに買っといてよかったわあ」  母は紅茶を淹れながら言う。 「へへっ、すいませんねえ」 「やだ! そう言う意味じゃないのよ。多めに買って食べようとする私の食い意地が役に立つ時もあるのねって思ったのよ」  大袈裟に頭を掻きながら謝罪する沙理の肩を叩きながら母は笑った。私もつられて笑う。  用意された苺タルトはとても美味しかった。誰の誕生日でもない日にケーキを食べるのは何だかくすぐったい。 「また食べたいな」  ふと溢れた独り言に母が反応する。 「あら、そんなに美味しかったのね。今度私もそれにしようかしら」 「俺も!」 「ふふっ。おすすめだよ」  甘いだけじゃない、苺の甘酸っぱさが今の私には丁度良かった。
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