三章 苺タルト

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 マンションの前で立ち止まってしまった。 正確には、足が進まない。 通政さんと話そうと決めても、いざその空気が近づくと拒否してしまう。 ずっと実家にいたかった。でも、そうはいかない。明日は会社だ。服を洗濯して早めに寝ないと。  後ろから来た住人が不思議気に私を見ながら入って行く。明らかに不審な人物を見る顔だった。早く入らないと。大きく息を吐いて階段を上がった。  玄関の鍵を開けて中に入る。よかった。早歩きできたおかげか彼と鉢合わせすることはなかった。部屋に入って灯りをつけると人影が見えた。 「きゃっ」  通政さんがベッドの前で膝を抱えて小さくなっていた。顔を上げた彼はひどくやつれていた。服も二日前のスーツのままだった。いつからここに……。 「椿……」  今にも泣きそうな顔で私に手を伸ばす。動かない私に、彼の手は宙を漂って落ちた。あまりの悲壮さに手を差し伸べたくなるが我慢して素っ気なく返す。 「何ですか?」 「椿……」  通政さんが立ち上がる。私は無視して洗面所に向かう。電気をつけずにバッグから取り出した昨日の服を洗濯機に入れていく。今の自分の顔は見たくなかった。 「何のつもりですか……」 「二番でもいい、から」 「何が?」 「二番目でもいいから、俺の側にいてくれ……。ひと月に一回でもいい。五分だけでもいいから……。それだけで充分だから……俺から離れないでくれ」  私の存在を確かめるように肩を抱く彼の手は微かに震えていた。二日しか経っていないのに、彼が小さく、痩せ細った気がした。 「通政さんこそ……他に相手がいるのに……」  こちらを見る彼をまっすぐ見返すことができなくて、横を向きながら答える。 「いない。お前だけだ」 「嘘! ずっと女性の香水の匂いがしてた! 今だって……」 「現場で会うんだ、どこかで付いただけだ。信じてくれ」 「それだけじゃっ! なくて、酔ってたとき私にキスして『これでいいんだろ』って……」 「……そんなことっ!」  何か言い返そうとして辞めてしまった。彼は荒くなった口調を抑えるように深く息を吸うと、話を続けた。 「……すまない。焚き付けられたんだ」  焚き付けられた? どう言うこと?  「一体誰に……どう言うこと?」
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